地球の舳先から vol.289
キューバ編 vol.5
早朝、呼んでおいたタクシーに乗り、そそくさとハバナをあとにした。
この旅では、東部の、キューバ第二の都市サンティアゴ・デ・クーバと
グアンタナモ刑務所で有名な米軍基地の近くまで行くことを目的としていた。
空港へ向かうタクシーは、空港から来るときにつかまえた近代的タクシーとは違い
ボロボロだけれども綺麗に磨かれたクラシカルなアメ車。
この国では、日本のように勢い良く車のドアを閉めようものなら怒られる。
もしくは、ドアやノブが取れる。この車も、ドアは外側からしか開けられなかった。
当然クーラーなどない。朝のぬるい風は、車のスピードと相まって
ちょうどよい風当たりになり、暑気を逃がしてゆく。
シンプルな空港の殺風景なカウンターでとった朝食は選択肢がひとつしかなく
表面しか温まっていないパニーニを、チーズの塩気で流し込む。
まずくもないが、さして美味いわけももちろんない。
十分だった。
上を見ればキリがないし、選択肢が増えれば人の幸福度は下がる。
わたしは逆に、スーパーに豆腐が何十種類と並べられている光景を見ると、
なんだかいつも、異常な印象を受ける。
国内線のセキュリティは厳しく、5分10分とかけて緻密に検査される。
「アセトン持ってるか」と聞かれ、ネイルカラーを出したら「それだ」と言う。
てっきり欲しいのだろうと思ったら、返された。キューバも変わった、かもしれない。
心配した機体は新しく、少しほっとする。
眼下に見える山脈が、フィデルたちが昔ゲリラ戦を繰り広げたシエラ・マエストラだろうか。
空港に着く。おんぼろの車をホテルまで飛ばしていくタンクトップの運転手。
ホテルの前で執拗に客引きを繰り返す個人事業主(←揶揄です)たち。
しかし一歩街へ出れば月曜日の通勤と生活に追われる人々で埋め尽くされ、
非観光地の空気のなか、かつてバカルディ一家が住んでいた豪邸などを眺める。
それでも歩いていれば、ペンキを塗っていたおっちゃんが梯子の上から手を止めて
熱い視線を寄越し、目を合わせればウィンクと投げキッスがWで降ってくる。
ハバナよりもキューバっぽかった。かつて見たハバナや地方都市の朴訥さ。
サンティアゴへ来たはずのないわたしがそう思う、ということは、
やっぱり10年の間にハバナも変わった、ということなのだろう。
(ラムで有名なバカルディは実はキューバ創業。こちらが一家のかつての豪邸)
そうそう観光するものがないことに気づき、タクシーを飛ばして、
ユネスコの世界遺産になっている山の上の要塞へ。ようやく海が見れた。
家々が密集した小さな島が見え、海を見ながらビールとモヒートで水分補給。
帰りは、ほかの観光客を運んできたタクシーを待たねばならないのだが
これがなかなか来ない。
来たときは7ペソだったのに、10ペソと譲らないクラシックカーの兄ちゃんと
意地の張り合いをした挙句、警備員…といってもドアも窓もない丸太の掘っ立て小屋の
日陰を借りて、しばし待つことに決めた。暑い。アリの数をかぞえて過ごす。
30分待つと、「おい、バイクはどうだ、5ペソだぞ」とおっちゃんが呼びに来る。
タクシーではなく、用事があって荷物を運びに来たらしいバイクが、街へ戻るという。
わたしが今回の旅で、トラベラーとしてやるべきでないことをやらかしたとすれば、この時だろう。
どこぞの国では男のバイクに女1人で乗って拉致られて刺された女性が
自業自得と轟々に非難されていたが、この場合どちらかといえば交通安全上の問題。
山の上からの下り坂一本、原付、大味に舗装された道路事情―
このシチュエーションで心配すべきは、刺殺よりも100倍の可能性で転倒である。
いや、日本でだって、わたしは決して素足にショートパンツで原付に乗ったりはしない。
…が、ギンギンに照り付ける太陽を仰いで、わたしは背に腹をかえた。
ヘルメットをかぶせられ、バイクにまたがると、「絶対安全運転で!ゆっくり!」
と、ぎゃんぎゃん注文をつける。
瞬間、警備のおっちゃんとタクシーの兄ちゃんがびっくりして振り返った。
ええ、さっきからアナタ方が盛り上がっていた、わたしの年齢当てクイズとか
(どうも日本人はだいたいマイナス10歳くらいに見えるらしい)
その他卑猥(といっても下ネタレベル)なスペイン語はほぼすべて理解してましたから…。
「ア~ディ~オ~~ス~~」
と彼らに別れを告げ、またうしろから文句をつけながら
自転車並みのスピードに下げさせて、それでもほとんど目をつぶって下界へ降りた。
ホテルへ帰ってから、一応、「たった5ドルと安全を天秤にかけてはいけない」と
あらためて一人反省会をした。
つづく