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2013/09/04

地球の舳先から vol.287
キューバ編 vol.3

せっかくなので、最初くらいはとミーハーなチョイスをした。
初日の宿泊は、かつてヘミングウェイが定宿にしていたホテル「アンボス・ムンドス」。
かつての彼の部屋は小さいながら展示スペースにもなっている。
が、なにせ古いので空気の循環が悪く、クーラーの効きも悪く湿度がやたら高い。
視界のなかに1匹の蚊を認めると、わたしはスーツケースから蚊取り線香を起動し
お札を何枚かポケットにねじ込んで、手ぶらで外へ出る。

別に、蚊の断末魔を待ちたいわけではない。
長時間の移動で疲れてはいたが、ライブハウスへ向かった。22時。
ハバナを代表する、「カサ・デ・ラ・ムシカ」。
キューバ人アーティストにとってここで演奏することは夢…なんだとか。
ここへ来たらキューバへ来たことを実感するだろう、と思ったのだが
雨のあとの水はけの悪いセントロ地域を歩いているとそれだけで昔にかえったよう。

とはいえ、10年前のわたしは、ここへ来たことは1度しかない。
当時のわたしは、キューバの音楽にほとんど興味がなかった。
今だって、片手で数えるくらいのアーティストしか知らないけれど。

そんなわたしでも知っているアーティスト
「Pupy y los que son, son」がこの日の出演だった。
意外なる大物にちょっと財布の中身を心配する。
…歩いて帰れば済むだけだ。
深夜に一人で歩いて?!と思われるかもしれないが、
土曜日の夜は、暑苦しいほどの人並みでごった返している。

エントランスで請求されたのはたった10CUC(約1000円)。
前座の演奏やダンスパフォーマンスが行われ、開場から2時間後に
主演が登場する頃にはみんな飲んで踊ってフロアはあったまっている。
わたしはサルサは踊れないし、音楽がきければそれでよいのだが
ひとりで静かに座るスペースなどあるわけもない。

小銭でモヒートを買うと、間髪いれずに近くで「こっちにどうぞ!」と囁かれた。
ハバナクラブのボトルを入れないと予約できない、テーブル席の椅子が引かれる。
(ボトルを入れるのは吝かではないがラム酒を一人でひと瓶飲む自信はない)

ここへ来たら、ひとりで気まずい思いをすることは100%ないが、
そのかわり、ひとりでいたいという無駄な願望も捨てることである。

男ばかり、4人。わたしは、ふむふむと人間観察をしながら、アタリをつける。
全員、キューバ人で間違いない。
キューバ人なのにしかもボトルまで入れてこんなところにいるってことは、
外貨を稼ぐ観光客相手の商売。
ルックスも悪くない。それに、身のこなし。
「みんな、サルサの先生?」
ビンゴ。なら安心。もっとも、日本人が転がしやすいタイプで…(以下自粛

それから2時間ばかり、彼らプロ集団のルエダ(団体で踊るもの)を見物したり、
彼らがそこかしこで外国人に「サルサダンスレッスン」の営業をかけるのを見物したり、
しかし営業目的ばかりではなくやたらと単純にはしゃいでいるのを見物しながら、
かわるがわる
「きみがこの中で一番きれいだよ」
「結婚しよう。一緒に日本に帰ろう」
「どこに泊まってるの」
「あした何してるの」
「日本で黒人は働けるか」
「きみの家族は外国人と結婚するのは嫌がるか」
というお決まりの質問にうんとかいいえとか知るかとか言いながら
踊るのと口説くのに精一杯な彼らのかわりに、ハバナクラブをほとんど飲んだ。

たまに「キューバリブレをおごってくれ」と、たかられたりするが
「おごる」の単語がわからないガイジンのふりをしてすっとぼける。
文字通り、わたしのキューバ語の辞書におごるなんて単語はない。

…危ない橋を渡っているように聞こえるかもしれないが、普通である。
追っかけられることもないし、あったとしてもライブハウスの外には警官が待ち構えている。
(警官もおもしろがって助けてくれないことは大いにありそうだが)
せいぜい、帰り道を併走しながら口説き続けるだけだろう。
何を保障するわけにもいかないので、あくまでわたしの個人的感想と前置くが、
わたしは凶悪なキューバ人というのに出会ったことがない。
たいがい、うざいし、しつこいし、おバカだが、小悪党にすら出会ったことがない。

じゅうぶん音楽を溜め込んで、「じゃーね」と手を振って、外に出て、歩いて帰った。
ハバナの夜は長い。
あの頃のわたしが、愛したり憎んだりした場所だった。

つづく

2013/09/04 09:00 | yuu | No Comments