地球の舳先から vol.286
キューバ編 vol.2
12時間のトロントへの直行便は長かった。
そこから3時間半、地図上でほぼ垂直に南下すると、NYを飛び越えてキューバへ着く。
夜の9時前とはいえ、同日でここまで移動できるのだから、随分便利になったものだ。
相変わらずの殺風景な、目的が達成されることだけを目指したような空港の作り。
空港職員は女性が多く、制服はおしりの真下までスリットが入ったマイクロミニ。
胸元のボタンは全部あけ(というかそれで一番キレイに襟元が見えるデザインなのだ)、
谷間の下にサングラスを引っさげた管理官がパスポートをチェックする。
ピンヒールに、どこで買うの?というようなド派手な柄ストッキング。
この国の風紀を憂ういわれなどわたしにはないのだが、ため息くらいは出る。
自分が男性だったら、別の類のため息が出る場面なのだろうが。
とかく、「どうなってんだ!」と叫びたいくらい破廉恥なのである。
が、この国にいると、暑さと、女を意識させられすぎて、だんだん脱いでいくことになる。
日本円から両替した現金を後生大事に仕舞うと、また別の破廉恥な係官がこちらを向いた。
「オフィシャルタクシー、30で」
市内までの交通手段がタクシーしかないのが痛いところである。
相場を教えてくれて、ありがとね、と思いつつ、彼女を無視して空港から出た。
外へ出て、一番最初に目が合ったタクシーのおっちゃんに
「20で」と、わたしはこの日はじめて、にっこりと笑いかけた。
そりゃもう、世界はワタシを中心に回ってます、的な、ふぜいで。
結局この国へ来たらそうなるんだけれども、のっけから女を売った自覚がじわじわくる。
おっちゃんは大変不満そうな表情で肩をすくめ、わたしの手からスーツケースを受け取った。
いまだ毎日戦略的に計画停電を行う国に電力の余剰があるわけもなく、
暗くなって外灯もすくない道をタクシーは飛ばしていく。
なにが見えなくとも、窓の外を見たくなるのは習性。
「恋人は元気か」
そう問われて、一瞬、ぽかんとしてから、苦笑した。
そりゃそう見えもするものだろう。
キューバ人は日本人と見れば口説いて口説いて口説きまくるし
わたしも何度、名前も知らない相手から「結婚してくれ」といわれたかわからない。
多くの旅行者が、現地のキューバ人と、キューバ滞在中に、なんらかの関係に陥る。
「スペイン語の上達のため」と割り切る人も、ヒモのように連れ歩き国内をずっと案内してもらっていた人もいた。
その多くが「バカンス」なわけなのだが、結婚してしまう人もいる。
(もちろん、キューバ人男性と日本人女性で、誠実に暮らすカップルだっているんだけれど
「だれでもいい、国外に出たい」というだけのは多いし、社会主義で育ったキューバ人が日本で
生計を立てる…いや、「労働」をするという時点ですら、高すぎるハードルが存在する)
10年前キューバへ向かうときも、手配をしてくれたキューバ専門旅行店の社長さんは
パスポートのわたしの顔写真に向かってため息混じりに
「お願いだから男連れて帰ってこないでね…」と言ったものだ。
当時18歳だったわたしはその意味を何ヶ月かかけてよく知り
以来、10年かけて大陸をまたぎ続けても、ガイコクでなんらかの関係に陥ったことは一度もない。
ぴったり30分。
風景を懐かしむ明るさもないまま、ホテルへ直行した。