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89.ブータンの「ネット選挙」(7)
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=497
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丸二ヶ月以上に渡る連載をお届けしてきたが、今回をもって最終回としたい。
最終回は、選挙期間中に現地で行ったインタビューをご紹介するとともに、
本連載のタイトルにもなったブータンにおける「ネット選挙」事情について、
改めてブータン独自の状況を勘案した上で、筆者なりの結論を記しておきたい。
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●首都ティンプー市民の声から
筆者は、ブータンの首都ティンプーにおいて選挙現場に立ち会った、
数少ない日本人の一人であった。
幸いにも、そこで、選挙前、選挙当日、そして、選挙後を含めて、
拾い上げることができた市民の生の声をお伝えすることにしたい。
《投票するかどうか?》
YES:28人(内、郵便投票:8人)/NO:14人
この結果は、奇しくも、今回の選挙全体の投票率66.1%と限りなく等しかった。
《なぜ投票するのか?》
大多数は、「より良いリーダーを選ぶため」や「良い政府を選ぶため」という意見で、
自らの意見を国政に反映させたい、という意識を強く持っていた。
その一方で、
・「生まれて2回目のチャンスだから」(54歳男性・無職・ティンプー県出身)
・「民主化は前国王からの贈り物だから」(63歳男性・建設業・チュカ県出身)
という、2008年に民主化を果たしたばかりの、ブータンらしい意見も聞かれた。
《なぜ投票しないのか?》
「忙しいから」「仕事があったから」という回答が多くを占めたが、
日本ではありがちな、いわゆる無関心層は皆無であった。
ただし、民主主義そのものに疑問を呈するような、
・「ルピー危機等問題山積で、DPTは問題があった。PDPも同じく期待薄。2008年以前が良かった」(27歳女性・販売業・サムツェ県出身)
・「選挙運動に問題があった」(31歳男性・無職・タシヤンツェ県出身)
という回答も散見された。
ブータンにおける選挙運動は、日本のそれとは異なる部分も多い。
例えば、ブータンでは、選挙カーが走り回ることも無いし、
街頭に候補者が立って、マイクを持って演説する、ということも無い。
街中は至って静かなもので、選挙の面影があるとすれば、
そこかしこに立っている選挙ポスター掲示板、くらいのものだろう。
基本的に、ブータン人は、ニュースを見るか、インターネットを見るか、
あるいは他の何らかの手段を使って、能動的に選挙に関する情報を取る、
ということになる。
《ニュースソース》
有効回答者 39人中、テレビ(BBS)を主なニュースソースとしていたのは 27人、
新聞(主にクエンセル紙)と回答したのは 15人であった。
※複数回答可。ただし、具体的な情報源については無回答もあり。
《ソーシャルメディア利用》
有効回答者 39人中、選挙に関してソーシャルメディアを利用したのは 14人。
30歳未満に限定すると、23人中 14人となった。(つまり30歳以上の利用者ゼロ)
《ディベートの閲覧》
日本の選挙と大きく異なる点の一つが「ディベート」だろう。
日本でも党首討論は必ずテレビで放送されているが、その視聴率は芳しくない。
一方、ブータンでは、有効回答者40人中、実に38人が、
何らかの手段で、候補者同士によるディベートを1回以上閲覧していた。
閲覧者の多くが、「満足した」という好意的な感想を述べていたが、
中には、
・「候補者が悪い言葉を使っていて良くない」(62歳男性・警備員・ツィラン県出身)
・「無理な約束をしている」(19歳女性・学生・プナカ県出身)
・「質問をしたくても時間が短過ぎる」(21歳男性・学生・サムドゥプジョンカル県出身)
という批判的は声もあった。
《政党の集会参加》
有効回答者 41人中 14人が、DPT・PDPのいずれか(または両方)の集会に参加していた。
《投票の決め手になった情報源》
有効回答者 25人中、「ディベート」が最も多く、10人が回答した。
その他、「テレビ」「新聞」「マニフェスト」など票が割れたが、
「結局、決めるのは自分自身」という声もあった。
なお、「ソーシャルメディア」と回答したのは、1名のみであった。
《PDPの勝因(選挙後)》
以下の回答は、概ね、現地での報道と相違ない内容であったように思う。
・「2008年にDPTが約束したことがあまり果たされなかった」(38歳女性・主婦・プナカ県出身)
・「インドの経済援助に関する悪い噂のせいではないか」(23歳女性・販売業・ティンプー県出身)
・「予備選で敗退した2つの政党がPDPを支援したからではないか」(28歳男性・農業・ティンプー県出身)
・「政権が変わることによって、システムが変わると期待されたのではないか。チャンスが与えられた」(46歳女性・主婦・ティンプー県出身)
《新政権に期待すること(選挙後)》
期待、というよりは、期待と不安が入り交じった回答が多くを占めた。
・「貧困層への支援をしてほしい。もし政権運営がうまくいかなければ、次回は勝てないだろう」(63歳男性・農業・ウォンデュポダン県出身)
・「若者に仕事を与えてほしい。ただ、不可能な公約だと思う」(20歳女性・学生・ペマガツェル県出身)
・「公約を果たせるのか疑わしい。5年間は短いと思う」(22歳女性・学生・ルンツェ県出身)
《その他自由回答》
・「PDPの失業率0%公約は不可能だ。DPTのほうが良い」(25歳男性・無職・ティンプー県出身)
・「自分はもうすぐ死ぬ人間なので、未来は若者が選ぶべき」(78歳男性・無職・タシヤンツェ県出身)
・「ソーシャルメディアには、従来のメディアにはない意見があったと思う」(28歳女性・銀行員・ルンツェ県出身)
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●ブータンの選挙は「ネット選挙」であったか?
今回のインタビューで、特にじっくりと話を聞くことができた2人の市民からは、
それぞれ、メディアに対するこんな声を聞くことができた。
「政党の公約はテレビや新聞から知ることができたが、ソーシャルメディア上でディベートができるのは建設的だと思う。ただし、どのように正義を実現するか。(ソーシャルメディアは)バイアスがかかる。以前のメディアに慣れているので、信じない人もいる。でも、大きな力を持つと思う」(21歳男性・学生・サムドゥプジョンカル県出身)
「メディアは、政治的選択を形成する大きな役割がある。ブータン人は政治を現実問題として受け止めて来なかった。PDPが政権を握る機会を得たことは良かったのではないか。良い変化を期待したい」(52歳男性・研究者・ペマガツェル県出身)
彼らに共通して言えることは、メディアに対しても、そして政府に対しても、
実に前向きな期待、あるいは、希望を抱いている、ということかもしれない。
もちろん、ネガティブな街の声が無いわけではなかったが、
ブータンの人々は、総じて、自分たちの国の行く末にとても楽観的であったように思う。
まだ、テレビメディアが誕生して十年余り、ソーシャルメディアに至っては5年足らず、
という環境の中で、それでも、ブータンの人々は、選挙においてメディアが果たす
「役割」というものを認識し、上手く利用できているような節も見え隠れする。
たしかに、今回の選挙戦におけるソーシャルメディア上での多くの議論は、
相手の意見を批判、否定する内容に終始してしまい、建設的なものとは言い難かった。
ただ、その中で、時には熱く議論に参加し、時には冷静に議論を傍観し、
ソーシャルメディアには何が出来て何に向かないのか、を彼らなりに選別していた、
ようにも見受けられる。
この連載をはじめた頃にも書いたように、
ブータンの選挙は、最初の時点で既にインターネットが存在していた、
いわば「ネットネイティブ選挙」だ。
ことさら、「ネット選挙」なんてカギ括弧付きで語るまでもなく、
彼らにとって、「選挙」で「ネット」を使うことは至極当たり前であると同時に、
そもそも「選挙」にも「ネット」にも習熟していない彼らにとっては、
「選挙」も「ネット」も、経験しながら日進月歩で進化させていくもの、なのだろう。
さて。
いずれにしても、新政権の真価が問われるのはこれからである。
前政権の5年間、そして、新政権の5年間が終わった後、次の2018年の選挙では、
それぞれの「実績」が評価される初めての総選挙が実施されることになる。