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2013/06/17

「はい、ちょっとチクッとしますよ~。」
優しい看護婦さんの声。
気が付いたら、採血用の注射針が右腕の中に入っていた。
いつ刺されたんだろう?
チクッとした覚えなど、どこにもない。
確かに注射針は右腕に突き刺さっているし、
腕の中に何か異物が挿入されているという感はある。
しかし、刺された記憶はない。

「うーん、ダメですねえ。」
しばらく探っていたが、血が出ない。
静脈を針が探し当ててくれない。
まるで鉱脈や温泉を掘り当てているようなものだ。
私は採血しにくい腕の持ち主なのである。

「場所を変えてみますね。」
そういって看護婦さんは腕を触り始めたが、
あるポイントで指が止まった。
「ここ、ちょっと痛いんですけど、よろしいですか?」
良いも悪いもない。
血が出ないのだから採れるところから採るしかない。

「ごめんなさいね、ちょっとチクッとします。」
申し訳なく思ってくれているのか、
今度は少し緊張感を含んだ声。
こちらも、今度は針の行方を見守る。
針が私の右腕を突いた。
・・・・何も感じない。
ただ、異物が挿入された感覚だけが広がる。
痛いとはまったく思わない。

これまで、こんなことは一度もなかった。
針が腕に入って行く時、
そこには、必ずチクッという感覚があった。
鋭利なもので刺されている、という感覚があった。
しかし、今日はそれがまったくない。
今なら、切腹でもなんでもできるんじゃないだろうか・・・。

さっき机に足を激突させた時はちゃんと痛かった。
そんな重大な痛みはちゃんと感じるのだが、
採血程度の、どうでも良い痛みは感じない。
これはやはり脳内麻薬というやつだろうか?

相変わらず胸は痛い。
あ、いや、病気ではない。
病気といえば病気かもしれないが、
つける薬のあるような病気ではない。
相手のある病なのだ。

具体的に心臓がやけつくような感覚を覚えているが、
これもやはり、脳内麻薬が和らげてくれているのだろうか?
だとしたら、脳内麻薬がもし出ていなければ、
一体私はどうなってしまうのだろうか?
だが、痛みを感じないというのも別の意味で心配ではある。
私はどうなってしまったんだろう?

病院の後は図書館へGoだ。
借りた本を返しに行くのだが、
その図書館の前でまた立ち止まった。
あの人、いないかな・・・。
いてほしいのか、いてほしくないのか、
実は大変微妙ではある。
会いたいのだが、怖い。

ドアに隠れて覗き込んでいる私の姿は、
客観的に想像してみるとかなり酷い。
大の男がコソコソと・・・。

カウンターにいないようなので、
さっさと持って行って返却手続。
すぐに回れ右をして図書館を出る。

親身に相談に乗ってくれる人だったので、
大変信頼して色々相談していたけれど、
その優しさに改めて気が付いた時にはもう遅かった。
自分・・この、どうしようもなきもの!

普通に喋っていた相手が、急に恐怖の対象にすらなる。
こんな大逆転が起こるものなのだ。
年は私より下のはずなのに、
感覚としては上のようにすら感じる。
子供っぽくない相手だというのもあるけど、
自分が優位に立っていない何よりの証拠だ。

ふと便意を覚えてトイレへ。
そこで、今日は「そろそろ」であることを思い出す。
そろそろ、あれが排出される頃なのだ。
激辛な料理を、2日前に食べた。
そんな料理は、基本的に3度楽しめると言われている。
口で楽しみ、胃で楽しみ、そして出す時に楽しむ。

またヒリヒリするのかな・・・?
尾籠な話で申し訳ない。
だが、ここでも脳内麻薬を思い知ったのだ。
確かに唐辛子の残骸が私から出て行ったという自覚はある。
しかし、熱を持った残骸が通り過ぎた感覚があるだけで、
ヒリヒリと痛みを伴った感覚は全くない。

粘膜が唐辛子で痛むなんて、結構重大な痛みだと思うのだが、
それでも感じないのか?

ある意味バカバカしいことを考えている自分なんだが、
普通、こんな時は空を眺めるに限る。
夕方の、何とも言えない色に染まった空を眺めていると、
小さなことなど、もうどうでもよくなってしまうものだ。
だけど、今は違う。
あの人と一緒に眺めたいと願ってしまうだけなのだ。

どうやらこの病気こそ、
我が身の重大事、人生の重大事らしい。

2013/06/17 10:26 | bonchi | No Comments