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皆さん、おはようございます。
今回はおおよその演出プランです。
その始まりは、葬式のセッティングから始まります。
喪服を着たコーラスとスズキが、葬式のセッティングをしていて、
続いて奥から子供の遺影を抱いた蝶々さんが登場、
しかし子供を亡くした悲しみのあまり錯乱してしまっており、
セッティングや掃除を続ける人たちを尻目に、
「結婚した」というあの日のことを追想し、
ゴローやピンカートン、シャープレスの会話を目の当たりにしていく、
そこでは、自分の人権など踏みにじられるような会話が展開されていた。
そういう第1幕にしようと考えています。
やがて、通常ならば蝶々さんの登場シーンに当たるところで、
温和なメイクを施したボンゾがやってくる。
女たちはそれを出迎えるが、蝶々さんの耳には、
あの日、この家に来た時に、友人たちが自分を取り巻いて歌っていた、
まさに登場の歌に聞こえている・・・。
ここからが中間のカット場所です。
ボンゾは読経を始めるが、それが蝶々さんには
結婚式の司式にしか聞こえない。
そしてボンゾは帰って行き・・・。
もう蝶々さんはさらに妄想の世界へ入っています。
現実は消え失せ、婚礼の宴でヤクシデが変な歌を歌っている・・・。
そこへ、鬼のようなメイクになったボンゾが怒鳴り込んで来て・・・。
後は皆さんの知る愛のデュエットが、
完全な妄想として繰り広げられることになり、1幕が終わります。
2幕1場は割とスタンダードに進みます。
ただ、子供が存在しないことにまず観客は気付くでしょう。
エア子供、つまりいるような仕種で演じるだけですから。
そして、花のデュエットになって観客は思うはずです。
花をばらまいている割には地味・・・
そうです、ばらまいているのは樒(しきみ)の枝々。
仏前に供える花の定番です。
そしてハミングコーラスから2場への間奏曲となりますが、
ここで初めて、配役などのクレジットを流そうと考えています。
そして子供を寝かせにいくも、蝶々さんの意識は
やはり舞台上に固定され、さまようことになります。
子供を渡せ、というシャープレス達の3重唱を聞くことになるのです。
そしてケートとの直接対決、自殺、となるのですが、
自殺しかけて躊躇いを覚えます・・・死ぬほどのことなのか、と。
人々の渦が晴れると、夢から覚めた現実の蝶々さん、
子供は死んでしまっているけれど、まだ待ち続けている、
死んで悲劇のヒロインとなる方がマシな現実が続くことを提示して幕となります。
かなり違和感を覚えるでしょうし、
いきなり見せられても混乱する方は多いでしょう。
ですから、プレトークをして概略は説明するつもりです。
もちろん、事前の説明を要するような演出は本来望ましいものではありません。
しかし、前回説明したように、今回はカットを逆手にとった方法です。
特殊事情ということで、説明をすることはお許しいただきたいと思います。
次回は、何を主題としているかについて、説明致しましょう。
そして、どのような切り口でアプローチするのかも。