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地球の舳先から vol.269
イスラエル編 vol.4(全14回)
エルサレム旧市街。
ユダヤ教・イスラム教双方の聖地であるがゆえに血を見てきた「神殿の丘」、
黄金色に光るモスク「岩のドーム」、嘆きの壁、それを取り囲む8つの城壁。
ユダヤ教、イスラム教だけではない。
キリストが十字架を背負って歩いたという「ヴィア・ドロローサ」、イエスが十字架に磔にされたゴルゴダの丘があったといわれる「聖墳墓教会」など、キリスト教徒にとっても聖地。
「エルサレム」という言葉でまず想起する光景がここにはある。
ということで、旧市街の「中」にあるホテルに宿を取っていた。
旧市街の中は、アラブの国のスークそっくり。
同じような細い小路に店が立ち並び、迷うこと迷うこと。
驚いたのは観光客の少なさ。
旧市街なんざ歩くのはほとんどが外国人観光客だろうと思っていたが、
当時の情勢の不安定さも影響してだろうか、ほとんどがここで生活したり、
または買出しや働きに出ているイスラエル人。
たまに聖地巡礼の団体ツアーはいるが、個人観光客も思った以上に少ない。
まずは旧市街を概観するために、ここを取り囲んでいる城壁に上がり、
ぐるっと一周しながら主要な建物を見下ろして地理感覚を叩き込むことにした。
ガイドブックに載っているようなビューポイントはだいたい把握できる。
何より、城壁を歩いていると、2階だか3階だかに張り出したベランダのようなところでバーベキューをやっている家族だとか、屋上に無数に置かれた衛星放送のアンテナとか、ゴミ捨て場とか子供がサッカーしている公園とか、ここが普通に人が暮らしている町なのだ、ということを身をもって感じられる。ものすごい生活感。
特筆すべきはやはり「嘆きの壁」だろう。英語では単に「Western Wall」すなわち西の壁という。
敬虔な正統派ユダヤ教徒は、もみあげを長く伸ばし、タキシードのような黒服に帽子という完全装備に身を包み、この壁で祈っている。
旧市街からこの広場に入るには、またしてもガラスの壁に囲まれたX線検査を受ける。
イスラエルへ来て2日目、何度手荷物検査やX線検査を受けただろうか。しかしその「厳重な行程」がわたしを疲れさせると同時に、心配を取り除いてくれることをも感じ始めていた。
あんなに血走った目で検査をされなければ、わたしはもっとテロの不安と戦うことになるのだろう。
もっともそれがどこまでの効果が実際にあるのかなんて、わからないけれども。
夕方、メアシェアリーム地区という、ユダヤ教正統派が住む地区へ行った。
まさに別世界。宗教画やかつらを売る店などが立ち並び、タイムスリップしたよう。
何より例の「黒服、もみあげ、帽子」の人ばかりが歩いているのである。
観光客の少ない旧市街だったが、逆にここには「普通の」イスラエル人が見当たらない。
集合住宅のような古い建物に、ところせましと並ぶ洗濯物、ヘブライ語のポスター…
イスラエル人の中には、正統派の人を軽蔑したり、嫌っている人も少なくないと聞く。
「女子ですら課せられる兵役も免除され、国の手厚い保護を受けて働くこともしない」、
「“純ユダヤ人”の人口を増やすため、大家族繁栄に励むのが義務」と揶揄する人もいる。
(確かにイスラエルにおいて、もしも「人口の過半数がユダヤ教徒以外になった」なんて事態になればこの国は大きく揺らぐ以上のことになるだろうし、そういう意味でも必要な存在なのだろうとは思う。)
しかしメアシェアリームは、少なくとも私の目には「特権階級」などには見えなかった。
むしろ、押し込まれ、区画を区切られ、独自の生活を閉ざされた空間で過ごす、
外の人間の言うことは何も聞こえない、被差別区域にすら感じられた。
単一民族無宗教国家で生まれ育った日本人なんぞに、何かがわかるはずもなかろう。
しかし、正統派ユダヤ教徒に露骨に嫌そうな顔をするイスラエル人、彼らと会話もしなければ目も合わせようとしない正統派の人々、その光景はやはりどこかしら異様だ。
人種、宗教、そういうものの上に成り立つ区別や差別に、歪みが生まれないわけがないのかもしれない。
テルアビブと違い、街中の商店街のようなところにお酒がないのもエルサレム。
物価が多少安いのは助かった。
夜の早い旧市街で、夕食すら食べ逃しそうになりながら、ようやくとカバブにありついた。
城壁の外では、青空屋台がいい匂いで串焼きを焼いている。
夜更けまでオープンスペースで団体客が騒ぎ、フロントのお兄ちゃんはタクシーの予約もできず、シャワーは1滴の水も出ない隙間風のする1泊100ドルのホテルで、棒になった足をすこし高くして、眠った。
万歩計は3万歩超、20キロをさしていた。
つづく