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自宅から車で40分ほどのところに行きつけの熱帯魚屋がある。
仕事帰りに寄る「行きつけの飲み屋」とか「行きつけのジムで体を鍛えています」などの行きつけだとなんだかしっくりくるが「行きつけの熱帯魚屋」といのは一般の人ではなかなか行きつかないものであろう。
「行きつけのステキなバー」などなら、夜ふけに「もう一軒行こうか、ゆっくり二人でお話しようよ」などといって誘い込み、そのまま流れでカワイイ子に何かしちゃおう、などという可能性および成功率も見え隠れするが、「行きつけの熱帯魚屋」は「夜ふけのもう一軒」では扉を堅く閉ざして完全に閉店している時間である。当然、酔いもさめてしまってカワイイ子に何かしてしまうこともできない。非常に健全じゃぁないですか。どーでもいいですか。
行きつけの熱帯魚屋Aは、小学生のころから行っているので、20年近く行っている。車で40分だが、小・中学時代は友達と数人で自転車で行っていた。少しの小遣いで迷いに迷って買った熱帯魚は、自転車のカゴに入れて帰ると、長い道中で揺れてかわいそうだから、いつもソバ屋の出前のオッチャンのように片手で魚の入った袋を持って、もう片方の手で自転車のハンドルを握り家まで帰った。大きな魚のときは、水も多いのでこれが重くてヨロヨロと自転車はヨロケながらの運転になる。そんな風にして持ち帰った魚はとても大事に可愛がって育てたもんだ。
熱帯魚屋Aは、古くからある老舗で、眼の細いメガネのおっかさんが店をヤリクリしていて、おとっつあんのほうは店の別棟で魚の繁殖をしている。おっかさんはボクが子供の頃はまだ若くて水爆パーマに赤い口紅バッチリの眼がつりあがった肝っ玉かあさんで、水槽を叩こうもんなら即座に飛んできてツバを飛ばして叱られたりしていたが、今ではかなり優しくなり、仲良くもなった。魚以外のことでも様々なことを話して笑える話などをして軽くヨイショすると、上機嫌になってレジから小銭をとりだし、ちょっとおいで、などと強引に服の袖を引っ張り外へ連れ出し、店の脇にある自販機でジュースを配給してくれるのを必殺奥義としているので、のどの渇きには困らないのだ。
毎回、おだてるとジュースおごってくれる。毎回その店にいったとき魚を飼うわけではなく、手ぶらで帰ることもあり、どちらかというと正直ボクなんか手ぶらで帰るときのほうが多いのだが、それでもジュースをおごってくれる。経営的には店として利益を度外視したまことにもって困った店と客である。
他の店員にボクと同じ年の従業員のN君がいる。困ったときに頼れる人で、たいがいいつも頼っていて、何とかしてくれる人だ。プロのフィギアスケーターの荒川静香に少し顔の雰囲気が似ている。
彼の凄いところは、行った事もないのに南米の主要な川の地理がすべて頭に入っていることで、○○○川産の魚!などというと、その川はペルーの○○○河の支流の支流だね、ここは結構いろんな面白い魚がいるよなどと簡単に答えてしまう。さらにはその川に隣接する小さな村や代表的な集落の地名まで覚えている。
○○○?あぁ、そこはブラジルのアマゾン河の支流のネグロ川の上流部だね。あそこはかなり結構な酸性の水でね、特殊な環境だよ、だからいろいろと変わった魚がいるし、同じ魚でもあの地域の魚は色が赤くてきれいだね、などとスラスラ言ってのける。
ここまで書いてハッ!っと思ったのだが、このコラムはボクよりN君に書いてもらったほうがいいのではナイカ???
まぁいろいろ聞いて教えてくれるのはまことにもってありがたいことで、1つ聞くと10くらいの答えが帰ってくる。やく博物館とかにあるでしょう、ボタン押すと前に展示してある展示物について音声でお姉さんが解説してくれるやつ。アレみたいな感じね。
しかし、博物館のボタン式音声解説というのは大抵長ったらしくてあまり意味が理解できず、多くの人は最後まで聞くことなしに途中でほったらかして次の展示物に進んでしまうのである。それでも音声解説のお姉さんの声は律儀に正しく誰もいないのに解説を発しているのである。終わったと思ったら、小学生の遠足小僧とかに再びバン!っとボタンだけ押されて立ち去られてしまい、また誰もいないところで長々と解説の声を発していたりする。
うんと、ナンだっけ、あそう、N君の熱帯魚の産地および特徴その可能性解説はそれに似たものがあり、ありがたいのだが少し困ることある。博物館の音声解説なら、ス~っと立ち去ることが出来るがN君の解説では立ち去ることは不可能である。
(…そこまで詳しく解説してくれなくてもいいんだけどなぁ)
っと思いつつ、うん、うん、などといかにも「ありがたい情報だ!スゴイ!」という表情で聞いているのだが、その内容は右の耳から入り、左の耳から出て行き、ザブン!と、かたわらにある販売水槽の中に勢いよく落水して底のほうに沈んでおり、半分も頭には行っていない。外国のことだから横文字多いし。
(…今日も帰りにマクドナルドなんかによってポテト食って早く帰って寝てしまおう)
などとN君の詳しい解説を聞いているフリをしながら心の中で思っていると、N君は次第にそれを敏感に察知して、一方的な解説から突発的に質問を含めた内容に攻撃を変えてくるのである。突然の戦術変更に対応しきれずにボクがあいまいな返事や回答をすると、N君は早々に攻撃の手を緩めて、少し悲しそうな顔をしてその場から立ち去り、他の他のお客さんの相手をしだすのであった。
仲の良い相棒に捨てられてしまったボクは、辺りを見回し、少し本腰をいれる感じで販売魚を見るフリをしながら今度はおっかさんに接近し、今度はこちらから攻撃を仕掛けて、いい気分にさせて自販機でジュースをおごってもらうのであった。