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地球の舳先から vol.265
パリ編 vol.4(最終回)
フランスを毛嫌いしていたわたしにこのホテルを教えてくれた人がいた。
もう何年前かもわからないくらい昔、たぶんまだ大学生の頃。
5つ星だからと油断していたら地元の人に聞いても全然知らず、
239 Rue Saint-Honore というだけの頼りないくらい短い住所だけを手に
初めてのパリの道をさまよい歩いていた。
あれから何度パリに行ったかもよく覚えていないけれど、
いつも必ずこのホテルへ行ってはラウンジでお茶をし、いつか泊まりたいと夢見ていた。
Hotel Costes(ホテル・コスト)。
ルームチャージは1泊600ユーロ…
1泊ならよかろう、と大盤振る舞いをして予約をした当時、1ユーロは100円だったのだ。
そしてわたしは、この大晦日のカウントダウンを、夢のコストで迎えた。
エールフランスの深夜便がCDG空港に着いたのは早朝の3時過ぎ。
「危ないよ」と空港係官に何度も言われながら始発のRERを待ってレ・アール駅まで出て
久しぶりの、朝っぱらすぎて誰も歩いていないRivoli通りをゆく。
通い詰めたダンススタジオに曲がる大きな通り、ポンピドゥーセンターへ曲がる道、
朝ご飯を調達した街角のパン屋、3週間暮らしたルーブル美術館の向かいのアパルトマン。
傘をさすほどでもない少しの雨が降るパリは、変わらないものが多すぎる。
ガラガラを押してこんな時間に歩くわたしに、無駄に4人もいるドアマンがドアを引いてくれ、
独特の香り(香水メーカーもやっているのである)と赤い照明の中にすとんと転がり込む。
アーリーチェックインは諦めていたのだがすぐに部屋を用意してくれた。
噂と違わない、仕事も読書も一切できそうにない、薄い赤い灯りだけの部屋。
バスルームのオイルヒーターで濡れた手袋をあたため、プールサイドへ向かった。
ウェットサウナでひととおり体を温めると、翌日からイスラエルへ飛ぶため
死海で泳ぐ用に持ってきていた水着でしばし泳ぎ、紅茶で喉を潤す。
プールサイドには天蓋付きのソファベッドもあるので、早朝到着便でもここで休める。
パリへ来たらあれをしたいこれをしたいと色々計画を練っていたにも関わらず
バレエスタジオへ踊りに行ったのと、オペラ座のバレエを観に行った以外はホテルで過ごした。
大晦日のカウントダウンもホテルの中から聞いた。
ラウンジには、芸能界に疎いわたしでも顔と名前の一致する女優や映画監督やらが沢山。
それでも無粋に声をかけたりする人がいないのが、ここのいいところなんだろうと思う。
ふかふかのベッドで眠りにつき、そして翌日…
イスラエルに行きたくなくなったのは、言うまでも無い…。
涙目になりながら「2泊以上できるお金なんてないでしょ」と自分に言い聞かせて
コストに別れを告げ、ホテルが用意してくれたタクシーで、元旦の静まり返った
パリの街をあとにする。
さて、これから、イスラエルの旅が始まる。全然気乗りがしない自分に焦る。
すっかり夢の中状態で、パリでトランジット泊をするなら
絶対にもう前泊はやめておこう、とぼんやりと思った。
旅というのはいつだって一期一会のようだけれども、
わたしは確かに昨日とは違う今日を生きていて、日々は蓄積されているのだ。
さて、気を取り直して、次回からイスラエル編をお届けします。