こんばんは、酒井孝祥です。
酒井が歌舞伎を観るようになって間もない頃、「おお、これは正に特撮の戦隊ヒーローではないか!」とびっくりしたことがありました。
それは「白浪五人男」という作品を観ていたときのことです。
女装して詐欺を働く弁天小僧菊之助の「知らざぁ言ってきかせやしょう…」から始まる長台詞が有名なお芝居ですが、作品中に“稲瀬川勢揃いの場”と呼ばれる場面があります。
この場面のストーリーを説明すると、5人組の盗賊である「白浪五人男」が稲瀬川の側を通りがかると、そこに捕り手が大勢で現れたので5人組が捕り手達を蹴散らすという、内容としてはそれだけです。
それだけのシーンでありながら、ここでの見所は、5人の名乗りです。
捕り手達が現れるやいなや、5人組は一列に整列し、1人づつ、それぞれの出自や特性などを語った後で、最後にポーズを決めながら自分の名前を名乗ります。
5人全員が名乗り終わった後、最後には全員で声を揃えて口上を述べます。
そして、なぜか5人が語っている間、捕り手達は誰一人として彼らを捕まえようとせず、名乗りが全て終るまで、静止して待っています。
ヒーロー達が1人づつ決め台詞を述べて派手なポーズを取る場面とあまりにも酷似していると思ったら、実際、戦隊ヒーローの名乗りのシーンには、「白浪五人男」を参考にしているようです。
特撮のヒーロー作品を観ていて、「名乗っている間に攻撃すればいいじゃないか…」とリアリズムを考えたことは誰しもがあると思います。
ヒーローの名乗りの場面は、普通にドラマを作ろうとしてもなかなか発想出来るものではなく、歌舞伎の様式美的な表現の先例があったからこそ生まれたものだと思います。
そして、歌舞伎のその様な名乗りシーンの大元になっているのは、恐らくですが、戦のときの武士の名乗りなのではないでしょうか?
戦国もののドラマなどで、「やあやあ我こそは…」などと武士が自分の筋書きを名乗ってから戦いに挑む場面を目にするかと思います。
これは、武士としてのプライドを誇示する行為なのかもしれませんが、一説によれば、大声で名前を名乗って、周囲の武士達に自分の名前を認知させ、敵将の首を取ったり等の手柄を上げたとき、手柄を上げたのが自分であることを、その場に居合わせた武士達に証人になってもらう目的で行なわれたようです。
鎧や兜のデザインが派手だったりするのも同じ理由で、手柄を上げたときに、それが自分だということが誰の目にも分かるように、インパクトの強い格好をしたようです。
「白浪五人男」の“稲瀬川勢揃いの場”がベースになった、特撮ヒーローの名乗りの演出は、30年以上も続いています。
日本の古典芸能の演出方法は、古典芸能以外の作品に流用しても大きな効果を得ることが出来る証ではないでしょうか?
俳優として僕が目指しているのはそういうところで、日本舞踊の身体表現や浄瑠璃の音声表現を学んで身につけたことを、違うジャンルの舞台に流用することで、作品の魅力を倍増させるのです。
それを目指せることが、古典芸能の家には生まれなかったけれど、古典芸能を愛する俳優の特権ではないでしょうか?
次回は、「録るべきか、録らざるべきか…」(古典芸能)をテーマにしたコラムをお届けします。