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2012/10/20

亡くなった長男と同い年の青年と一緒にあることを始めることに。

あることとは、海外支援です。

詳細はまたいつか。

今日はその海外支援のことではありません。

亡くなった長男が生きていれば19歳。

先日出逢った大学生の青年も19歳。

年齢を聞いてちょっとびっくりしたね。

「ああ、もうそんな歳になったのか」

すごく勉強しているし、真っ直ぐなところが素晴らしい。

子が生きていれば、こうやって私と話をしていたかもしれない。

私にすれば朝飯前のことでも、彼には「すごい!」ことらしく、

今度、必ずうかがいます!なんて、かなりハイテンション。

生きているって、素晴らしい。

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今年は、いじめが全国的に話題になっていますね。

お隣の滋賀県がちょっとした火付け役になったのは悲しい。

いじめられている人、いじめている人にも伝えたいことが。

あなたは生きているだけで、相当立派です。

当たり前すぎて感動も無いでしょうけど、生きていない人(亡くなった人)を、

どんなに時間が経っても想い出して涙を流したり、悔やんだり。

そんな悲しい時間をあなたは周りにさせていないのだから、相当イケています。

いじめている人へ

幸せも、憎しみも、悲しみも、シェアできますが、できれば幸せをシェアしたいよね。

あなたが生まれて、生きていることで相当そのシェアができています。

周りをどんなに幸せにしていることか。

大人になればわかります。子どもを持てばもっとわかります。

いじめられている人は、今は辛い時間ですね。

でも、考えてください。別に生きていくのに学校は必要ありません。

死ぬことの悲しみや恐怖に比べれば、学業の遅れなんてへっちゃっらです。

そんなことより、あなたが生きていることの方がどんなに素晴らしいことか。

子を亡くした親は皆そう思っていますよ。

我が子が生きていたら、どんなに良かっただろうってね。

学業の遅れや世間体なんて、あなたの生きている価値や意味においては、

大した問題ではありません。学校に行っても、あなたはあなたの軸をもって、

ちゃんとしていれば良いのです。私だって6年くらいいじめられていましたし、

相当辛かったけど、子が死んだときの辛さを思うと、どうってことはありません。

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生きていることの実感が持てずに死に急ぐ人がいます。

生きている実感を持ちたくて、(何らかの手段を用いて)

死に直面することで、ようやく「生きている」と実感する人がいます。

それでも生きているのなら、あなたは結構おりこうさんです。

周りの人は、あなたのことなんて大して気にはしていません。

でも、あなたの幸せを願っている人は、どこかに必ずいます。

これもまた真実です。

病気で生きたくても生きられない人がたくさんいます。

なのに、死に急ぐあなたに伝えたいことがあります。

もし、生きている実感が欲しいのなら私のところに来てください。

きっと、 「生きていて良かった」と感じることができますから。

毎日、病気の方と向き合えば、生きていることがどんなに素敵なことか判ります。

一方、死は敗北ではなく、自然の摂理です。

生きているものは必ずその自然な流れに沿って死を迎えます。

何も、死に急ぐことはありません。

必ず死ねますから。

安心して、穏やかな毎日を過ごしてください。

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息子と同い年の青年はどんな大人になるんでしょうか。

どんな夢があって、それをどうやって形にしてゆくのでしょうか。

自分の子が生きていると思って、彼に向き合うことは、私にとっては、

かなり面白い時間となるでしょう。

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2012/10/20 11:01 | hamamoto | No Comments