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2012/07/19

地球の舳先から vol.247
イラン編 vol.7(全8回)

さて、ゾロアスター教の聖地ヤズドからテヘランまで、夜行列車で帰る。
わたしは列車が好きで、外国に出るとさらに夜行列車にとてつもなく乗りたがる。
趣味の問題もあるが、寝ながら移動ができて宿泊費も浮き、弾丸トラベラーには一石三鳥。

列車は時間通り来ないだろう、と踏んでいたとおり、定刻を過ぎて1時間。
なんだかふらふらする。旅行キャリアがそれなりにあるので、「来たな」という印象。
…熱射病である。みんなが回復したころにやってくるとは。
売店がないので水も買えない。同行のちえさんに頭痛薬をもらって、駅のベンチに横になる。
テヘラン駐在の友人・M氏がこまごまと「列車はまだか」と聞きに行ってくれている。
定刻から2時間。AKを斜めに提げた、迷彩服の革命防衛隊らしきごつい人が
われわれに向かってまっすぐ進んでくる。両手は当然AKに。目線は完全ロックオン。
「オイオイこれ何だよ大丈夫かよ…」とさすがにひやりとしたのだが、
なんのことはない、「オイそこの日本人!列車来たぞ!」のわざわざの声かけだった。

 

2段ベッドが2つのコンパートメントはきれいで、4人分の列車代を払って貸し切っていた。
オレンジジュースとよくわからないお菓子の入ったお弁当箱と毛布が配られ、
椅子を倒してベッドにし、寝床を組み立ててゆく。
その後、M氏と現代イランについてアツく議論を交わし深夜も過ぎ去ったころ、
そろそろさすがに寝るかと、車両の端のトイレへ行ってコンパートメントに帰ってくると…
…内鍵が閉められているではないか。

「やろー、寝やがったな…」
ノックをしたりはしたが、深夜なので、「もしもーし!!」などと大声を出すわけにもいかない。
わたしはこのへんの諦めは早いので、自由席の椅子席を見に行くことにしたが
案外埋まっていて、睡眠は取れそうにない。
顔を洗うために大判のタオルを持って出たので、ここがインドだったら
廊下にタオルを広げて遠慮なく横になるところだが、ここはくさってもイラン。
女性がそんなことを絶対にするべきでないのはわたしだってわかる。
ちなみに、わたしはよく「海外に行くとおとなしくなる」という評価をもらうのだが、
その国の習慣や価値観を侵犯したくないのである。それは最低限の礼儀。

仕方なく、廊下で、ドアの外から扉を観察していたところ、内鍵をかける場所が
外側にもネジのようになっていることを発見した。
ただ、当然外側からそう簡単に開けられる構造になっていては困るのでつまみは小さく、
回そうとしてもびくともしない。というか、その鍵穴がわたしの頭30センチほど上にあるために、
手を思い切りのばしてようやく届く程度で、力が入らないのだ。
タオルを指に巻いたり、ジャンプして、「ぜー、はー、」するまで頑張ったが無理そうである。
しかしほかにすることもないので、この無謀な取り組みをつづけるわたし。

そのときである。
ふと、背中に人の気配。見上げていた目線の先に、腕が伸びた。
わたしよりも20センチは身長が高いだろうかと思うその手に力が入る。
…カチャ。
信じられない思いで、90度角度の変わった鍵穴を見て、
そのあと腕の主のイラン人を振り返る。消灯された、ほの暗い夜行列車の廊下。
…神というか、王子にしか見えない。

「あ、あ、ありがとござます、センキュー、メルシーボク、メルシーマーム」と
ひたすらぺこぺこするわたしに王子は何も言わず、少し頭を傾けてウィンクをして去っていった。
「イラン!イラン人!人助ける!いい人!!!!!!」とわたしは(深夜なので心の中で)絶叫し、ほぼ約1時間ぶりに開いたドアの向こうで爆睡中のM氏の姿をしかと認めた。
…これが、わたしのイラン旅の最大のハイライトである。

 
(帰って来たテヘランのちいさなモスク。)

翌朝テヘランに着くと、日本語ぺらぺらのM氏のドライバーさんが待っていた。
M氏の先輩駐在員の方のおすすめで、革命防衛隊グッズを買えるところへ行き、
バザールに連れて行ってもらい、最終日のおみやげ買い物をする。
サフラン、チョコレート、キャビア…
うろうろしていると、道で2人組の警官に呼び止められた。
その頃はすでに、当局や警察、軍隊の制服へのビビり心もほとんど吹っ飛んでいる。
「なんて言ってるの?」
「……。なんか…、外人めずらしいから、喋りたいって」
というM氏の通訳も、想定内である。

 
(バザールのお菓子屋さんと、革命防衛隊グッズ売り場。)

それでも、物価が安すぎてたった1万円ぶんのイラン・リアルを使い切れなかったわたしは
空港でショッピングカートいっぱいの買い物をしたが、まるで手持ちのお金は減らない。
再両替すればいいのだが、このくらいのお金は使っていきたいという思いもあり
結局、現金を使いきるまでに、香辛料・お菓子・ナッツ・切手・スカーフ・陶磁器などを
ショッピングカートいっぱい買い込むことを4~5回繰り返し、
現金がようやくなくなる頃には、ハワイからマカダミアナッツを50箱買って帰る
ばかな日本人(失礼)よろしく、ビニール袋を8つ抱えて帰国の途に着くことになったのだった。

最終回へつづく

2012/07/19 12:00 | yuu | No Comments