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Junkstageをご覧のみなさま、こんにちは。
JunkStageには様々な職業、ご経歴を持ったライターさんが多数いらっしゃいます。その稀有な言葉から、中には、安易な「想像」を寄せ付けない想いを持っている人も。
その中のお一人であるメグミさんを、今日はご紹介させていただきます。
■vol.11 乳がん闘病中・メグミさん
―乳がんという病気は、自分とはまったく無関係だと思っていた。
その私が何の知識もないままに、乳がんになった。(メグミ)
プロポーズを受けた直後の2008年3月、乳がんであることが発覚。現在も闘病中ながら、若年性がん患者団体「STAND UP!!」の運営に携わる。
http://www.junkstage.com/megumi/
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メグミさんは2008年10月、同年11月27日に手術を控えた時期にJunkstageに参加されました。
その手術とは、乳がん細胞の除去手術。
29歳という、体力にも自信のあった時期の出来事でした。
韓国式アカスリのおばちゃんに言われてはじめてしこりらしきものに気付いた3月12日、告知を受けた衝撃をつづった3月14日。これらの記事は入院前のメモを基に描かれたものですが、手術を控え、不安や動揺を紛らわせるかのように更新が続きます。
そして、4月からは通院での治療が開始。
「皮膚につくとただれてしまう」という強い薬剤の入った点滴をメインした闘病記録には「ただひたすら涙を流しながら時間が経つのを待った」という記載があります。 告知のときも、点滴を受けている間も、ひたすら泣いたという淡々とした記述。
そして、その強い点滴の副作用として、髪が抜けるという現象が起こります。
同年に考えていた結婚式のために伸ばしていた髪が、抜ける。
これがどれだけ辛く、悲しいことだったのか。
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冒頭に挙げたのは、メグミさんが闘病中初めて迎えた乳がん啓発イベント・ピンクリボンデーの日に感じたという言葉。
そして、その言葉は次のような決意に繋がっていきます。
「だからこそ、誰にでも起こりうる身近な病気だ、と訴えたいし、
腫瘍が大きくなれば大きくなるほど、生存率が低下してしまう病気であるからこそ、
早期発見がどれほど重要か、それを一人でも多くの人に知ってもらいたい」
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この言葉を実践するために描き続けられる、闘病の記録。
メグミさんのコラムには、こうした記述が至る所に現れてきます。
けれど、その悲しみに溺れないところもまた、メグミさんのコラムの大きな特徴です。
副作用を隠すためにウイッグをつけ、黒ずんだ爪にネイルアートを施し、女性であるということを諦めずに毎日を過ごす。同じく乳がんと闘う女性同士でフリーペーパーも発行し、「Relay For Life」というチャリティイベントにも参加するなど、自身の悩みのもとでもあった若年性乳がんの情報の普及にも尽力。だけでなく、闘病前からの趣味であるマラソンも再開。手術から半年後には休職していた会社にもアルバイトとして戻ったメグミさんは、現在再発もなく、2010年には休職前と同じ職務で正社員に復帰しています。
仕事に旅行にと、とてもアクティブに過ごしているその姿は、コラムの恬淡とした記述のイメージを裏切るほど、爽やかで溌剌。
その姿は、ひとりの女性としてもとても眩しく見えるのです。