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3月も末になり、ようやくコタツをしまっても良いかな?と思える気候になってきました。
さて、3月と言えばどこでも出会いや別れのシーズン。
屋久島は離島なので公務員は島から本土や本土から島という形での転勤や転出者が多く、それに伴い、親が公務員だと子供も急な転校ということも多く、毎年必ず子供達には別れがやってきます。
ちなみに屋久島で転勤が必ずある職業といえば、県の庁舎に勤める方や学校の先生。
鹿児島本土で教師をやっていたのに急遽屋久島の学校への事例が出る方もいらっしゃれば、屋久島出身で屋久島の学校をメインで教師をし、島内の学校を転々とされる方も居る。
ただし、屋久島の学校メインの先生でも何年かに一度は本土の学校に出ないといけないようで、独身の先生だったら数年の辛抱という形で本土で教師をしてまた屋久島に帰ってきたり、本土への転勤が嫌で退職を余儀なくされる先生もいらっしゃるそう
ちなみに鹿児島本土で教師をしているとやはり何年かに一度は離島への転勤というのも免れないそうなのだが、屋久島に至っては転勤希望が多いそう。しかし、本土から訪れて屋久島に転勤で来る方は希望無しだったのにいきなり屋久島!?というパターンが多いそうです。
今年もうちの長女のクラスでは同級生の男の子が転校することに。
もともと本土の方なのですが、お母さんが中学校教師の為、5年前に転勤で屋久島に来島。そして今年度は本土の中学校に転勤が決定したためにその子も当然ながら転校が決定した。
私が東京に住んでいるときは友達の転校が決まっても、最後に学校でお別れ会をするぐらいで見送りなど当然無かった。空港も遠かったし。
しかし、屋久島の場合は空港も港も普段の買い物圏内ぐらいの場所にあるため、かなりおおがかりな見送りをするのが毎年恒例なのである。
よくテレビである様なフェリーで紙テープというのはもちろんのこと、学校の名前が入った横断幕や先生や生徒の名前が入った手作りの横断幕などを持参の上、マイクやスピーカーや拡張器、太鼓なども持参し、最後は万歳三唱で見送るというのが恒例なのである。
ちなみに今日は娘の同級生の男の子の見送りがあったのだが、私は今年度の学級役員だったのでまず、昨日のうちに学級連絡網にてその子の出発時間をクラス全員に連絡し、前年度に余った学級費を使って最後に送るプレゼントを選び、今日港に持って行ったのだが、まだ実感がわかないのか、子供たちの見送りはちょっと素っ気ない感じだったが、中学教師をしていたお母さんのお見送りには在籍していた学校の先生、生徒など併せて50人以上は集まり、万歳三唱やら送る言葉やら、同じ船に乗る観光客が圧倒するぐらいの迫力だった。
都会ではなかなか見られない見送りの光景で私も最初見たときにはかなり圧倒されたのだが、あんなに熱い見送りをしてもらえるのはまさに屋久島だからだろう。
私には転勤する機会は無いのでこれからもあの見送りの輪の中に入るのが精いっぱいというところだが、毎年必ず経験するものなのでいつ自分がそこを仕切る立場になっても良いように今のうちに良く勉強しておきます。
こんな素敵な見送り風景は本当に無いと思います。
転勤族の方はぜひ一度屋久島においでください(笑)