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2012/03/03

その昔、ファン同士の交流と言えば‘リアル’が当たり前田のクラッカー(古っ)です。
カスティヨ代官山の(当時はサザンとスペクトラムのファンが集う)一室に集まりサザン応援団公認の東京支部の会報を切磋琢磨しファンが分担し手書きで作ったものです。
その中で私のポジションといえば趣味を生かした写真班という役目で、応援団から許可を頂きサザンのコンサートやソロ名義のライブハウス演奏を撮影したり、東京支部会報取材の対談写真やミーティング等々も撮影させて頂きました(今では信じられない係でした)その頃から桑田さんのサービス精神は旺盛でして私がカメラを向けるとオチャラケた表情で絡んでくれたり俗に言う演技もしばしば魅せてくれました。徐々に各地域に支部が増えてくれば良い意味でのライバル心が芽生えてサザンを盛立てて行ったのです。特にサザンのライブでのお手伝いは凄いものがあり、サザンのリハーサル時にも物販設営テントで準備をしたりとそれは豪華な空間でした。話は戻りますが‘リアル’だったとはメールも携帯電話も無い時代ですから、ファン同士は知った顔がミーティングで集まり話し合い、それでもまとまらない事は電話や手紙でのやり取りをしたので変なこじれ方は無かった様に思います。そんなアナログ時代を経験したことは今となっては宝だと思ってます。夜な夜な長電話で桑田さんのラジオで流れた新曲の歌詞は何て歌った?あぁじゃないこぉじゃないと夢中になれた良い時代でしたし地方のファンとは文通が手段で郵便到着を楽しみにしていたので何度々も自宅のポストを覗きに行ったものです。

次はデジタル時代に突入した頃の不思議なファンの交流を面白可笑しくお伝えしますね。ではまた…

2012/03/03 06:16 | hiro2 | No Comments