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何か 探していて 私は 愛媛県の内子町 町並み保存地区の
江戸から大正時代の 白壁町家が立ち並ぶ
八日市・護国町並みへ 最初は平成7年にやってきた
現実に探していたのは
コマの曲芸で
舞台道具の中に 隠し入れる和傘だったのだけれど
他に 江戸を感じる品物を探して歩いていた
曲独楽の木材がないか
昔の良質な鉄を使った 大工道具はないか など
舞台上での 表現を広げる為に
色々探して歩いた
当時 私達三増流の 紋也師匠は
度々芸術祭参加公演をしていて
だいたい5年ごとに
江戸時代から昭和の芸の再現や
関連のエピソードを 幕あいでゲストと話していた
そこで 各資料調査と 小道具の調達が
私の方へも 回ってきていた
東京の浅草あたりでも 昔のものはだいたい少なくなるか
とても高価で 手に入らなくなっていたから
いっそのこと
本州と四国にでっかい橋が完成した事だし
行って見るかとばかりに 知人が案内してくれて 内子町に来たのだった
四国というと 一面 緑が多く
食べ物はおいしくて 気候は温暖 人もお遍路さんを歓迎するような穏やかな印象だが
何だか あちこちで 道路工事をしていたのを思い出す
結婚してこの愛媛県内子町の里山に引っ越してきて
ただ 緑が多いというだけではないのだということが
段々わかってきた
亭主は 山の整地や水利の確保までも山を見るのが仕事の 山師が家業だった
だけど 山の持ち主が 昔ながらの山を利用しながらの生活ではなく
将来の住宅需要を見込んで利益を確保する為にみんなが植林し始めて
山師の仕事は無くなってしまった
だから 建築や 他の仕事に 散らばっていった
独身の頃 亭主は
地元から 仕事が無くて東京へ働きに行き
大阪 京都と場所を変え
結局 父が最後の樹木の伐採作業を地元でしているのを知って
数キロの山と山をワイヤーでつないで木を吊り出す
ワイヤー作業師の資格を取って帰った
でも 仕事といえば ○リエールや ○リネックスの材料にするため
数百年の木を パルプチップ用に切り続けるしか無く
将来が見渡せずに この仕事を 畳んだ
当時の山の上での 作業小屋で 数十人の食事を
山の上で作って食べていた料理がおいしくて
亭主は母と 二人で
その頃 国の伝統的建物群保存地区 認定第一期の
内子町 八日市護国町並み保存地区の中で
1860年代築の白壁町家を買い取り
地元山の生活や味を紹介する料理店 かわせみ は 始まったのだった
私が 慌しく 毎日 曲独楽を紹介していく仕事のやり方に
ものすごく疑問を感じていた時
ちょうどこの かわせみへ やって来たことになる
考えながら
観てくれている人と一緒に
対話する感じで仕事がしたい
これは 本当に切実な願いだった
正月のNHKで 兄弟子の紋之助兄さんが 曲独楽を相変わらず元気に紹介している
素が そうなので
私自身は 明るいのは 大好きなのだけれど
紋也師匠は 私に
曲独楽を綺麗にマワシテネ
と
言っていた
だから
私は
今年は 綺麗に回すことも 追求してみたいと思う
ところで 題名に取り上げた
「ひとつ、働き方を変えてみよう!」
この言葉は
内閣府の男女共同参画局のキャンペーンから持ってきたものです
世の中で 生き抜いていくことを 真剣に考える時期ではないかと
私は思うので
そういう事も含めて
私が銀行員から曲独楽師に転向し
東京から内子町の里山に住んだのと
亭主のような 山師から転身して 地域の文化を紹介する料理店主
こういう夫婦も いるのだということで
ちょっと 話の種に 書き添えておきます
2012年も 始まりました
今年もどうぞ 皆様に 心温まる出会いがありますように