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長い長い石段を上って賽銭箱の前に立って手を合わせると、不意に厳粛な気持ちになる。
鈴を鳴らして小銭を賽銭箱に入れ、頭を垂れた。真剣な面持ちで何事かを唱え、柏手を打って踵を返す。これは彼のここ数年来、毎日繰り返してきた儀式だった。
彼の願いはカウントダウンされていた。
あと1年、あと1カ月、あと10日。もう二度と、ここに詣でることはない。
犯した罪は非常にちんけなものだった。
窃盗。それが彼に与えられた罪名だったはずだった。なのに動転して逃げ出して余罪が増えた。後ろで甲高い女の叫び声がしたのを鮮明に覚えている。あの女が無事であれば、あるいは自主出来たかも知れなかったのに、一度逃げたらもう無理で、逃げて、逃げて、逃げ続けるしか彼に道は残されていないような気がした。
何度か自首しようと思う機会はあった。手持ちの現金が尽きた時。交番の前で呼びとめられた時。あの女によく似た女とすれ違った時。その何度かの機会を逸し、彼は自分の犯した罪の時効を知った。5年。たった5年、とその時は思った。
働く場所が簡単に見つかったのもずるずるとこの街に落ち付いてしまった原因だった。逃げるのに疲れた、あの日が最後のチャンスだったはず。それがモグリの風俗店の客引きに収まって、警察を見てもやくざをみても愛想笑いさえ浮かべられるようになって、そんな自分に驚きもした。
女は男にとって恋人と呼ぶほど甘くはなく、家族と呼ぶには程遠い存在だった。蔦のようにただ男に絡みついてくる厄介な寄生生物。だから男は切り捨てようとしたのだし、その際に自分の投資を回収しようと思ったのだ。女に与えてきた金を考えれば些少とも呼べる額だった。
まさか、あんなことになるなんて。
女のために、あんな女のために、人殺しと呼ばれることは耐えられなかった。
夢の中では毎晩生きかえって彼をなじる女を、彼を責める声を忘れたくて、彼は神社に詣で始めた。
安らかに眠れ。安らかに眠れ。もう俺の夢には出てくるな。
この神社に来るたびに、彼はここで必死に祈った。祈りが通じるとも思わなかったが、どこか自分にまとわりつく女の気配が少しずつ薄まってくような気がした。彼は時効まで、自分で決めた5年という日々を毎日そうすることで乗り越えてきた。
それが今日で満願となった。
もうここには来なくていい。男は自由の身になった。
どこか軽やかな気持ちで、男は長い長い石段をもう一度登り始めた。あの女だってきっともう成仏しただろう。毎日祈って毎日お前のことを考えたんだから、もう解放してくれただろう。
爽やかな気持ちで登り切った先に見えるのは、まだ、どこか黒々と赤い鳥居。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。
*年始から暗くて申し訳ありません。。。