トロン
【TRON】1982年
最近公開された -と言ってもちょっと前だけれど- “トロン:レガシー【TRON: LEGACY】”の
つながっているような、つながっていないような、な第一章的映画。
この“TRON”もまた、VHS→アメリカ版DVD→日本版DVDと買い直しているぐらいの
MY BEST MOVIES 10に入る大好きな映画。
1982年公開ならば、まだ小学生の頃の映画なので、とても映画館で観たとは思えないが
何度も観ているのでだいぶ大画面で観た気になっている。
コンピュータ・グラフィック導入初期の映画なので
今のSF映画と比べれば画像も荒いし、合成も切り貼り感満載で、時にイラストも混じり
とてもディズニーの映画とは思えない大雑把さだけれど
当時 『世界で初めて全面的にコンピュータ・グラフィックを導入した映画』 として
割と画期的なこととして話題になった、らしい。
30年ほどたった今観ても良いな、と思うのが、
あの時代に 『デジタルの世界を擬人化した』 ってところ。
しかも、今ではいかにコンピュータが正確であるべきか、
その正確性が損なわれると、私達の生活にどれほどの支障が生じるか、
そして管理するモノが大きくなり、それが狂った時にどれほどの惨事となるか、
なんて世の中なのに
“トロン”の中の“プログラム”達はわりとゆるく、人間と同じくらいアクシデントが多い。
Mac(マッキントッシュ)に正確性がない、ということではないけれど、
“トロン”の世界はいわゆるMacっぽい。
ストーリー終盤ちょっと前、ユーザーフリン【Flynn】がプログラムのトロン【Tron】と共に
暴走した元チェスゲームシステムのMCPを倒しに行く船の上の会話。
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トロン 『逃がしてくれたフリンだ』
フリン 『ローラ?』
ヨーリ 『お礼を言わないとね』
フリン 『いや 自分が書き込んだゲームなのに迷ったりして』
トロン 『書き込んだ?』
フリン 『打ち明けると ユーザーなんだ』
ヨーリ 『あなたが?』
フリン 『誤ってこちらへ』
トロン 『ユーザーならすべて予定の行動だろ』
フリン 『だといいが』 『きづかないうちに計算違いをすることもある』
トロン 『それは僕達の場合だ』
フリン 『失望させるが ユーザーの場合も同じだ』
トロン 『妙なもんだね』
Tron 『This is Flynn, the one who busted me out.』
Flynn 『Lora?』
Yori 『Well, then, I owe him some thanks.』
Flynn 『No, it’s, uh, no big deal.
……… I oughta know my way around a Lightcycle routine.
……… I wrote the program for it.』
Tron 『You wrote the program?』
Flynn 『It’s time I level with you. I’m what you guys call a user』
Yori 『You’re a user?』
Flynn 『I took a wrong turn somewhere.』
Tron 『If you are a user, then everything you’ve done has been according to a plan, right?』
Flynn 『You wish.
……… Well, you guys know what it’s like.
……… You just keep doin’ what it looks like you’re supposed to be doin’
……… no matter how crazy it seems.
Tron 『Well, that’s the way it is for programs, yes.』
Flynn 『I hate to disappoint you, pal, but most of the time,
……… that’s the way it is for users too.
Tron 『Stranger and stranger.』
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“You just keep doin’ what it looks like you’re supposed to be doin’no matter how crazy it seems.”
どんなにクレイジーなことでもやるべきコトと思い込んだら突き進んじゃうだろ。
確かに。
ただ人間は熱意と思い込みが混ざり合うと、本当に気がつかず計算違いをすることがある、と
“プログラム”は人間からコマンドを受け、間違っていたとしてもそれに関係なく実行し続ける、
というのとは微妙な違いがあるんじゃないかと思うけれど、
人間が多くの場合あまりよく考えていないとこと、“プログラム”は考えない、
ということは類似しているし、結果がどうなるかなんて知って行動している人間なんて稀であろう。
“I hate to disappoint you, pal, but most of the time, that’s the way it is for users too.”
現代のヒトの多くがコンピュータ・プログラムは完璧、と信じてそれに従っているけれど
そのコンピュータ・プログラムを正しくも計算違いにもさせているのは、
ヒトだったりすることの根本理論に気がついていないんじゃないかと思うことも多々ある。
一般的な大衆的な利便性を考えると、プログラムの未来は正確性のみをつきつめるものになる。
そうなればパターンを制限せざるえなくなり、ある一定の事柄は確実に実施するが、
応用が難しい柔軟性のないプログラムとなり、場合によっては融通が効かないモノにもなる。
究極論コンピュータは、ユーザーの指導次第で良くも悪くもなる道具にすぎないモノ。
人間のいろんな可能性に対し対応するならば、
ある程度人間が補って完成するプログラムのままで良いものもたくさんあると思う。
TRONはコンピュータの発展の初期の頃の作品なのに
数十年後にいきつくことになった世界 -コンピュータが人格を持った世界- を描いた、
という意味でも、十分今でも画期的な映画と思う。