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1980年代中盤から終盤にかけてビデオソフトの大ブームが起きていた頃に作られた作品。当時はビデオレンタル店のフランチャイズ化が進む前で、全国に様々な名前のレンタル店がありました。“友&愛”といった貸しレコード店のチェーン店がたくさんありました。そんな時代にレンタルビデオ店で一番人気があった俳優の1人がチャック・ノリス。「地獄のヒーロー」、「野獣走査線」、「デルタフォース」…。ローマのコロッセオでブルース・リーと戦ったのも彼です。
そんな彼の主演作「地獄のヒーロー2」は前作「地獄のヒーロー」の前日譚。ノリス演じる主人公ブラドック大佐が最初にどこに囚われて、どれほど怒りを溜めて爆発したかを描く作品です。この作品のビデオソフトの字幕ですが、序盤から誤訳が暴れていました。
ビデオソフトの旧字幕:
(1)
戦没者追悼記念日に
(2)
1人の戦死者の葬儀が
行われた
(3)
ベトナム戦線で
散った兵士が
(4)
無名戦士の墓に
葬られたのだ
正しい訳は:
(1)
今年の戦没者追悼記念日では――
(2+3)
ベトナム戦線で散った兵士達の
特別な葬儀が行なわれています
(4)
彼らは無名戦士の墓に葬られます
これは実際にアーリントン墓地で行われたセレモニーで、レーガン大統領のスピーチも本作に入っています。旧字幕にある「1人の戦死者」が誰なのか、最後まで語られることは当然ありません。映像では棺が1つ運ばれていますが、それは「ベトナム戦争で命を落とした兵士達」を象徴する形でしかないのです。残念なことにウィキペディアにある本作のストーリーまで、上記の誤訳を元に書かれています。
こうした誤訳は他の多くの作品にも多々あるので、ここでは脇に置き今回は訳されていないベトナム語について。
この作品の原題は“MISSINNG IN ACTION2 THE BEGINNING”(=戦闘中行方不明者2 その始まり)です。ブラドック大佐が部下達と捕虜収容所に囚われている状態で話が進みます。捕虜収容所長であるイン大佐と彼の部下達はベトナム語で話しています。これらを全て字幕にすると95分ほどの作品中、50ヵ所近くあります。でもビデオソフトの字幕版には一切日本語字幕が入っていません。
分からないことがあると気になってしまう性格…。「こんなにたくさん話しているのだから、訳さなくていいのか?」と私は思いました。ところでこの作品は北米大陸の南、西インド諸島で撮影されています。イン大佐の部下を演じたベトナム人はノースカロライナ州に住むアジア系の俳優らしいです。70年代後半、日本でもニュースになることが多かった「ボートピープル」と呼ばれた人達でしょう。
こうしたことから「彼らのベトナム語は本場のもので、怪しい東洋語ではないだろう」と私は予想しました。最近、インバウンド何とかという言葉が日本で浸透していますが、日本で暮らすベトナム人も増えています。私が大昔、留学していたカナダにも彼らはコミュニティを作って暮らしていました。とにかく私は、こうした人脈からベトナム語が分かる人達に、この作品の中のベトナム語の部分を聞いてもらい意味を確認していきました。
その結果、ほとんど全て物語の展開通りのセリフを言っていることが分かりました。「追え!」、「やっつけろ!」、「逃がすな!」といった短い表現だけでなく、「さっきのは誰だった?」とか「交替するぞ」、「少し休んで食事だ」といった会話まで全てです。
そこで私の結論も旧字幕版と同じで、字幕は全て入れないというものになりました。ブラドック大佐を始めとする捕虜達は彼らの言葉が分かりません。その立場から描かれる作品なので、「分からない言葉」のままでいいと。
そして、ここにこう書いておけば、「地獄のヒーロー2」を見て、彼らの会話は本当に物語に沿ったセリフを言っているのか気になった人も調べられるかなと(笑)。
本作とは関係ありませんがアフレコが多かった70年代のイタリア映画の撮影現場では、適当に口を動かして撮って、後で吹き替える事が多かったと最近知ったもので、とても気になったのでした。