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2011/05/24


広告人・佐藤尚之氏の場合

Webの可能性を確信した、阪神・淡路大震災。

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1995年、阪神・淡路大震災。

その日、佐藤さんは神戸に居た。
夜は停電し、ようやく電気が通った頃にも横に人が埋まっているような状況。
テレビをつけて、佐藤さんはその違和感にしばし現実感をもてなかったという。
東京でこの地震が起きたら…という、お決まりの検証番組。
東京偏重の報道を、被災地で見る違和感に、怒りすらこみ上げたという。

ときはパソコン通信の頃、ネット創成期。
個人サイトなど100くらいしかない時代だったが、電気が通ってから、試しに回線を繋げてみると
そこには、インターネットで避難所の状況を発信している人たちがいた。
二度目の衝撃だった。必要な人に必要な情報をデリバリーできる、その画期的なテクノロジー。
それが技術の問題で終わらずに、善意の個人が発信し、見知らぬ誰かの役に立つ。

インターネットに可能性を見出した佐藤さんは、その夏、「さとなお.com」を立ち上げた。
もう15年以上、続けている個人サイトだ。
「人生で唯一、続けていることかもしれない。実際、いいこともいっぱいあったしね。
 本も出したし、マスコミにも取り上げてもらったし、友達も増えたし。
 この媒体だけはちゃんとやっていこう、と今でも思っている。」

当時、やりたかったのは、好きな本の書評。
活字の虫の習慣は途絶えることなく、会社へ入ってからも月に10冊は本を読み、
週刊誌に書評を書いたり、文春文庫で斎藤美奈子さんの著書の巻末解説を書いたこともあった。
しかしそこはマスを相手にしてきた広告会社社員。
「個人の書いた書評なんて誰も読まないと思って、目玉になるコンテンツが要ると思った」
そこで、自腹でレストランに覆面調査をしてくるレストランガイドのコンテンツを立ち上げた。

*     *     *

その頃にはもう、生活者が変わっていた実感があったという。
CM作って、納品して、終わり。それのどこが、コミュニケーションなのか。
コミュニケーションがやりたくて会社へ入ったはずなのに、なぜみんなやらないのか。
オリエン聞いてすぐテレビCMを考えるのはやめよう、と。
「広告はテレビだろ!オリエンから帰ったら真っ先にコンテ書くだろ!」という相変わらずの風潮。
まずキャンペーンをどう構築するのか、コンタクトポイントをどこにもつのか。から入り、
「どのメディアを使うか」ではなく、「何を伝えるか」。繰り返し主張した。

ほどなくして、当然ながら社内で「デジタルが強い」との評判が立ったとき、
「CM、やめます!」と宣言し、
先輩と2人で「デジタルクリエイティブ部」を立ち上げた。
仕事でもデジタルに舵を切るほど、インターネットが再構築していく新しい世界の可能性を感じていた佐藤さんだが、「さとなお.com」を始めた当初は、同僚に馬鹿にされたという。
2000アクセス程度で喜んで、CMだったら何百万人の人が見てくれると思っているのか、と。
しかしそこには、伝わっているかわからないCMにはない、
「生活者がすぐ横にいて、反応がかえってくる」という大きな手ごたえがあったのだ。

そのうち、“旧来文脈”の人たちもインターネット領域へ入ってくるようになったが
彼らはネットを「動くポスター」くらいにしか考えていなかったため、自由だった。
予算も重要度も、大したことないから好きにやっていい、という空気があった。
同時期に、東京にもようやく、デジタル関連の部署ができ、お呼びがかかった。

関西生活14年が、幕を閉じようとしていた。

*     *     *

博報堂電脳隊と同じく、ここ電通でも“伝説”となるチームが生まれていた。
インタラクティブ・コミュニケーション局 —— 局長:白土謙二氏、次長:杉山恒太郎氏。
Webを「メディア」ではなく「クリエイティブ」の一環の「なにかあたらしいもの」と位置付けた。
「あれは、ほかの会社には無い、電通の素晴らしい所だったね。」

白土氏と杉山氏は、ネット専業会社などのいう「コンバージョン」や「クリックレート」に対して
「そんなものは広告じゃない。広告は人の心を動かすものだ」と大反発した。
「効果は見えないところにある−—そのことを僕ら、創成期の100人くらいは叩き込まれたよ。
 Google Adwordsも、広告じゃなくてInformation。元々興味関心のある人に向け情報を流す。
 広告は、ゼロベースで気持ちをうごかして、『これ、いいかも』って思わせるもの。
 そこを間違えると、広告はどんどんInformationでOK、っていう話になってくる。」

「効果が数字で見えること」が、それまでの広告にはない利点として注目されているのも事実だ。
それを否定すれば、「効果がないのがバレるのがイヤなんだ」と穿った見方をする人もいる。
しかし広告は「効いていないほうの半分」という言葉がよく持ち出されるように
数字では語れない情緒に語りかける部分が大いにある。
人間を相手にしているのだから、計算式でバチっと決まらないのはあたりまえのことだ。

「違うんだよなあ。…ぜんぜん、違うんだよ。」
佐藤さんも、噛みしめるように言う。

そして、“ソーシャルメディア”という革命がやってきた。

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次回予告/Scene3;
広告人・佐藤尚之氏の場合
ソーシャルメディアという希望。
(5月31日公開)

2011/05/24 08:00 | yuusudo | No Comments