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2015/03/29

3月17日。
ブータン代表が、試合終了間際の劇的なゴールを決めた夜。
筆者は、ブータン東部に位置する、カンルンという街にいた。
試合が行われている首都ティンプーから、車で実に20時間の距離。

それでも、日本よりは近い、と思って勝手に親近感を抱きながら、
テレビでブータン代表を応援していたのだが…
よくよく考えると、日本からブータンへの移動は、
羽田空港の深夜便を使ってバンコクを経由すると、
乗り継ぎ時間を含めても12時間くらいで着いてしまう。

時間距離で計算すると負けている、という衝撃の事実に震えながら、
それでも、ブータン人の家庭にお邪魔させてもらって、
その雰囲気の中で試合観戦をできたことは、個人的には良い思い出となった。

さて、後編となる今回は、ブータン代表の華々しい活躍の裏にあった、
ブータンならではの面白いエピソードやちょっとした問題を紹介しよう。


一夜明けて、現地での報道

ブータン国内各紙は、その歴史的な瞬間をこぞって一面で伝えている。
特に、筆者が体験できなかった、首都ティンプーの狂騒は、
それはそれは物凄いものだったようだ。

平日16時のキックオフに備えて、公務員は午後休となり、
学校も半日で授業をやめ、こぞってスタジアムへ詰め掛けた、
というから、如何に今回の試合が国民的なイベントだったかが分かる。
ちなみに、入場料はなんとタダ。

客席は、試合開始の数時間前には満員御礼となり、
入場できなかった若者が木によじ登って観戦している写真が、
試合翌日の新聞に掲載された。

ちなみに、試合翌朝の、Kuensel紙の一面タイトルは、
“Another historic battle won in Changlimithang”。
直訳すれば「もう一つのチャンリミタンにおける歴史的勝利」となる。
一瞬、何のことか分からなかった(記事中にも触れられていない)が、
これは、チャンリミタンスタジアムが、かつての古戦場であり、
ブータン建国における重要な戦闘で勝利した場所であることとかけている、
と推察される。
そう考えると、ちょっとニクいタイトルのつけ方だ。

さらに、試合から2日後の紙面では、
ブータンサッカー協会から、選手とスタッフ全員にボーナスとして、
Nu.20,000(約3.5万円)が支給されると報じられた。
これは、ブータンにおける平均的な月収に相当する額である。


代表ユニフォームの希少価値

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(写真:意外とカッコイイ、ブータン代表のユニフォーム)
©Bhutan National Football Team

今回、渡航前に、上記の写真を見たとき、
どこかでこのユニフォームを手に入れられないだろうか、
と漠然と考えていた。
裏を返せば、一国の代表のユニフォームだし、
きっとどこかで手に入るだろう、と甘く見積もっていた。

この予見は、見事に外れることになる。
新聞各紙によれば、当日、スタジアム前で発売された、
ユニフォーム数百枚は、試合数時間前にあっという間に完売した。
筆者が、試合数日後にティンプーを訪れた際に、
市内のあらゆるスポーツショップを覗いてまわったのだが、
ついに、ただの一枚も発見することはできなかった。

そもそも用意している数が少なすぎるが最大の問題なのだが、
これまで、スタジアムでユニフォームを着て応援する、
という文化が、さほど根付いていないこの国で、
ここまでのお祭り騒ぎになることは想定外だったのだろう。

今回の教訓を踏まえて、二次予選の際には、
かなりの数のユニフォームが準備されるのではないかと思われる。
いや、準備されることを期待したい。
いや、欲を言えば、通信販売とか…はさすがに無理そうだ。


スタジアム収容人数の謎

ところで、以前、このコラムでも触れたことがあるのだが、
今回の試合が行われたチャンリミタンスタジアムは、
公式収容人数は25,000人ということになっているのだが、
個人的見解では、どう考えても15,000人が関の山だと思っている。

が、Kuensel紙は、観客数を30,000人と報じ、
Bhutan Today紙は20,000人と報じるなど、
今回の試合の観客数のカウントはまちまちである。

つまり、誰も正確に数えていなかった、ということである。
それもそのはず、先にも述べたように、入場料がタダだったため、
チケット販売数でカウントする、といった方法が取れないのだ。
国際公式マッチが、そんな体たらくでいいのか、という疑問はさておき。

それにしても、まがりなりにもFIFA公式戦を行うスタジアムが、
こんな杜撰な管理で果たしてよいのだろうか。
噂によれば、同スタジアムは、FIFAの認める国際試合のための
スタジアム要件を満たしていないという(真偽は不明)。

残念ながら、筆者は未だスタジアムに入る機会を得られていないのだが、
もし入る機会があれば、こっそり席数を数えてやろうかと画策している。


監督交代問題

ここ数年、ブータン代表チームの監督は日本人が歴任している。
これは、日本サッカー協会が、アジアのサッカー文化支援の一環として、
各国に経験ある監督を送り込んでいることに由来する。
詳しくは、日本サッカー協会の以下の記事を参照されたい。

【海外赴任レポート】ブータン 小原一典さん 2013年7月│日本サッカー協会
http://www.jfa.or.jp/jfa/international/dispatch/report/ohara.html

ただ、実は、スリランカとの2試合は、正式な監督が不在の状態であった。
前監督であった日本人の小原監督が退任した後、若干の空白期間があり、
その間に、今回のワールドカップ一次予選の試合が組まれていたために、
臨時監督として、プレイヤーとしてもブータン代表の経験がある、
チョキ・ニマ (Chokey Nima) 氏が暫定的に指揮を執った。

しかし、予選突破直後に、新たな日本人監督が就任することが決まった、
という報道が出るやいなや、ブータンサッカーファンの世論は、
「なぜ予選突破に導いたニマ監督を解任するのか!?」
という方向に傾き、ニマ氏の続投を望む声が大勢を占めるようになった。

これに対して、ブータン代表チームオフィスからの公式声明として、
新監督の就任が、試合前からの既定路線であった点、
ニマ氏は解任ではなく、ブータンサッカー協会の技術部長という立場で、
引き続き代表チームと関わっていく点、が説明された。
つまり、完全なファンの誤解であり、その火消しを図った、というわけだ。

その後、国際経験豊かな外国人監督への交代を容認する声もあがりはじめ、
不満の声は鎮火しつつあるが、ちょっと尾を引きそうな問題ではある。
そもそも、試合以前にはそれほど自国の代表チームに関心が無く、
意外(といっては失礼だが…)な勝利によって、にわかに関心が高まり、
結果として、情報の錯綜を招いた、というところだろうか。

新監督の築館氏は、若干の逆風の中での船出となってしまいそうだ。
さらに、二次予選では苦戦が目に見えているために、仮に全敗ともなれば、
その責任を問う声が再び高まる、ということも容易に想像できる。
この問題、しばらくの間、注視して見る必要がありそうだ。

なお、ブータン国内では、日本人監督就任について、
「もし、日本と対戦することになったらどうするんだ!?」
という懸念の声があがっているが、
日本だって、かつて、トルシエ監督時代にフランスと対戦し、
ザッケローニ監督時代にはイタリアと対戦している。

国際舞台では、そういうことは何も不思議なことではないし、
だからといって、そこに手心が加えられるようなことは有り得ない。
ブータンサッカー界は、そういった、世界のサッカー事情をも、
今後、経験していくことになるのだろう。

(了)

2015/03/29 12:00 | fujiwara | No Comments