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ポストを見るのはただの習慣だった。
大体、集合住宅のポストなんてごみ箱みたいなものだ。入っているのはチラシだけ。だから見ない、という人が多いのだろう。その証拠に、隣のポストは入り切らないチラシがはみ出ている。
今日もポストに入っていたのは分譲住宅の完成披露会のお知らせと新しく出来た美容院のお知らせと、……小さく折りたたまれた便箋が一枚。
明日は飲み会の前に本屋に寄ろうと思いながら、私は便箋を鞄の中に滑り込ませた。
知り合ったきっかけは些細なことだった。
下の階に洗濯物を落としてしまったのを、彼女が拾ってくれたのだ。
本当は直接渡したかったようだったが、私は夜の帰りが遅い。よほど悩んだのだろう、彼女は数日後にシャツを預かっている旨の手紙をポストに入れてくれていた。
休日、添えられた連絡先に電話を入れると、私は招かれて彼女の家にお邪魔した。同じ間取りとは思えないほど彼女の部屋は小奇麗に片付いており、喫茶店のようなカップで供されたお茶はなんとも優雅な味がした。
「呼びつけてごめんなさいね。でも上と下で近いし、どんな人が住んでるのか知りたくて」
彼女は年齢よりもはるかにチャーミングなしぐさで謝り、手作りだというクッキーをご馳走してくれた。そして、思いもかけないことに彼女は相当な読書家だった。整然と並んだ書架につられるようにどんどん話は伸びてしまい、薦められるままに本を借りた。
帰り際に渡されたシャツは再度洗濯しておいてくれたらしく、うちとは違う柔軟剤のにおいがした。
その後、お礼もかねて私は紅茶の葉を買い、手紙と借りた本と一緒に彼女の部屋のポストに入れた。彼女は喜んで返礼の手紙をくれた。そして新しく買った本の話も。
「読書が偏っているから、感想の話し相手に飢えてるの」
「分かります。読書家とか言うから振ってみると、漫画の話だったりして」
「漫画もいいけど、わたしの好みではないのよね」
あなたもそうじゃない? と彼女は言い、私も同感だったので頷いた。
読ませたい本があるとき、彼女はわたしに手紙を書いてよこす。彼女のセンスは自分と近しかったから、薦められるものはたいがい好みに合ってありがたい。ただし、彼女が本を買いに行くペースはさほど早くなかったから、手紙のペースも月に1回くらいにとどまっている。私のほうも筆まめとは言い難いから、この頻度は望ましく、と切れることなく続いている。
彼女と手紙を交換するようになって、私はポストを見るのが楽しくなった。
ごみ箱みたいになっているポストばかりで、一番恵まれているのはうちのポスト。
冗談めかして彼女に言うと、彼女は大げさに手を振って否定した。
喜んでいるのは、うちのポストじゃないの? って。
手紙には、お互いファンの作家の新刊の話が書いてあった。
私はお気に入りの便箋を出して、彼女に返事を書き始めた。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。