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2013/01/01

こんにちは。諒です。最近大忙しです。貧乏暇なしです。

というわけで、色々と手をつけられないので、今回の話は最近、調べ物をしていて気がついたことです。

剣の神話や伝説は、世界中に見られますが、わが上代文学も例外ではありません。有名なのは、ヤマタノヲロチの尾から出てきて、のちにヤマトタケルが佩した「草薙剣」ですが、他にも、アメワカヒコという神が建物を切り伏せた「オオハカリ・カムト」という剣の話や、無理やり朝廷に収められたことを嫌って、勝手に淡路へ移動した「出石の小刀」という剣の伝説などが見られます。また、タケミカヅチという神は、記紀神話に見られるところによれば、剣の神と理解されます。

タケミカヅチは、イザナキがカグツチという神を斬った時に、その剣から滴る血から生れた神とされます。武神であり、天孫降臨に先駆けて国土平定のために高天原から派遣されていますが、この時に使った剣はのちに、タケミカヅチの代わりとして神武天皇のもとに下されるのです。タケミカヅチの霊威は、剣に具現化されるものでした。

剣の威力は雷や蛇に対する脅威の表現と類似していて、そうした強大な威力を発揮したり、勝手に移動したり、不思議と刃こぼれしなかったり、神であったり、祀られたりする特別な剣に対する伝説の存在は、古くから剣に霊力が認められていたことを示し得ています。剣の神話や伝説を外国のものと比べた時、ある相違が見られることにふと気がつきました。たいへん大まかなことで、厳密に見るとそうではないのかもしれませんが、私の調査の範囲で気がついたことです。

それは、鍛冶師との関わりです。

表現上の関係性を考察するために、しばしば漢籍を参照しますが、中国にも古い霊剣の伝説が多く見られます。どのような由来の霊剣なのか語られる時、大抵示されるのが、当代に類をみない鍛冶師が制作し、霊力がこもった、ということです。その場合、剣の霊力は鍛冶師と不可分で、制作されたまさにその時、霊力が宿ったのです。

中国以外にも、例えば北欧神話のバトラズという神は、タケミカヅチと同様剣の神で、剣と命運を共にすることはヤマトタケルとも類似します。ところが彼は、身体に焼きを入れることで不死身の武神となった、まさしく剣そのものと性質を同じくする神でした。

もちろん、外国のものにも鍛冶師が話に登場しない伝説はあるのですが、日本の上代文学の場合は、剣の霊力が示される場合は専ら、如何に使われたか、ということが問題となっていて、鍛冶師が剣の性質に関わる話が見られません。剣の神であるタケミカヅチですら、剣は分身としての所有物なのです。これは、漢籍など盛んに受容された状況に鑑みても、上代に特徴的な在り方として見てよいのではないかと思われます。

霊剣と鍛冶師の関係は、別のことを考えていて気がついただけなので、今後、何かの考察に繫がるのかどうかは自分のことながら不明でありますが、覚書程度に記してみました。

2013/01/01 02:06 | rakko | No Comments