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2014/01/25

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M.

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S.

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R.

過去を眩しく思いながら
そこにかつては見えなかったものや
感じなかったものを得られ、現そうとすることで
そこにもっと深くて、もっと眩しいものを感じること….

それを例えば「意味」と呼ぶのか.

それはきっと自分がこれから先やがて来るだろう
新しい何か..に向けて新しい視点と距離とを
見出そうとしているからなのかもしれない.

同時にそれは「新しい距離」を見つめ、向き合っていくために
どうしても必要な覚悟..そのものなのだ.

来るべき次のものへ…と視線を移して行動すること
そのことに今は少し、手間取っています.

元々、激しく移り変わるような変化は不得手な方で
これからの僕自身や撮るもの、創るものが大きく変わるわけではないけれど
一つの大きな事象を経て、今まで内側に向いてた時間が
外側へ顔を出す機会の占める割合が以前よりずっと増えていく.

そこで誰かと交わす言葉や過ごす時間…
そう出来る自分がすごく嬉しくて、
大切に感じていることも確かなのだけど
自分の中のどこかで、それは僕自身が変わったからではなくて
今そう出来ているのは、昨年の辿り着くことが出来た場所
出会えた人たちに連れてきてもらえたのだと…
僕がどうこう..というより、その意味の方がずっと大きいのではないかと.

ちょっと実存主義的な考えに触れてしまいそうになって
それを書くととんでもない文章になってしまうので
深く書くのは止めときましょう…

ともかく今までのままの変わらない自分がいて
そして行動した結果によって、そこでようやく
自分が何者であったのかが見えて来る.

そのことによって、それにはきっと何か意味があったのだと気付いて
そしてその結果に少なからず不安もまた感じたりもしてしまう…

だからすぐに次目指すべきものが見えていたとしても
上手にスイッチを切り替えきれなかったりするので
どうしても寡作な作品創りになってしまいます.
だから12年とか空いてしまう.

だけど次へ向かうべき場所、というものは
もうすぐそこへ来ていたりしてて
その次へのスイッチ…というものをオンにするために
僕の場合はもう一呼吸必要な感じです.

例えば新たに撮ろうとする被写体さんへ、未だ見ぬ場所へ
視線を向けようとするとき、その準備のためのブックを作る…
最新作でなく過去のものも含めてリファインする作業を挟むこと.

そこで、かつての自分なら現せてないトーンや
微妙な彩度、空気感を出せたと感じたとき
そこで現れるものはとても新鮮で、眩しいものだったりします.

過去を眩しく感じ、見つめることで未来と向き合うことが出来る.

あのときは出せなかったけれど、今の自分だから出せるもの
眼が眩みそうなほどの眩しい過去が立ち現れるとき
それは同時にこれから「視よう」とするものへ、行きたい「場所」へ
自分なりの新しい「距離」を測ろうとしている時間なのかもしれません.

いざ作品へと向いてしまえばいつものように、
打算など一切無しの一発勝負で行けるのだけど
やがて来る、そこで感じる未知のものと向き合おうとする自分と
その距離を知るために間を取ること…

その時間は、何かに付け臆病な僕が僕なりに見出した
次へと向かうために必要な一呼吸で、
逆に言えばそうすることしか出来ないということ.

だけど僕はそれを不自由だとは思っていなくて
「一芸」をもって未来とか前途を拓こうとすることにこそ
自由を感じ、誇りを持っていたいと思っています.

何でも持っているけどただ一つ持っていなかった…
よりも
そんなたくさんは持っていないけどこれだけは持っている.

いつでもそれに気付けるようにしておくための
「眩しい過去」との接し方、見つめ方..大切にしたいです.

2014/01/25 10:46 | hideki | No Comments