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2010/11/16

地球の舳先から vol.196
カトマンズ編 vol.1

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中国が、民主化運動で投獄している劉氏のノーベル賞授賞式に
出席しないようにと、西側諸国に圧力をかけているらしい。

タイタニック号が沈没しかけたとき、乗客を船外に逃がさねばならぬ船長は
ドイツ人には「法律で決まっているので逃げてください」と言い
日本人には「みんなが逃げているので逃げてください」と言い
アメリカ人には「生き残ったらヒーローになれるぞ!」と言い
フランス人には「絶対に逃げないように」と言って説得する、というたとえ話を知らないのだろうか。

ついこの間、中国に戦闘機だかなんだかを売りつけて大もうけしたフランスは
さっそくはりきって授賞式への“参加”を表明したという。

…言わんこっちゃない。
…さすがわが心の故郷。

意外だけど、フランス人は、政治の話が大好き。3人集まれば政治の話が始まるくらい。
加えて人権大好きなので、このテの話は格好のネタなのでしょう。

話をもどして、旅程は、チベット・ラサを出てカトマンズへ。
チベットを中国の一部と定義するならば、の話だが
国際空港から出ている国際線の飛行機はネパールのカトマンズ行きだけである。
既に、羽田~北京、北京~成都、成都~ラサ、ラサ~カトマンズ、と4本目のフライト。
なんと成都初ラサ行きは朝の時間帯は30分刻みにフライトが出ていたのとは大違いで
がらんどうの国際線ターミナルでお茶の1本も買えずにすごす。
もっとも、パスポートを取り上げられていろんな部屋をたらい回しにされたり、
ようやく搭乗ゲートに腰を落ち着けてからも計3回もなんやかんやと呼び戻されたので
退屈をしている暇はなかったのだが。

カトマンズといえば、タイのバンコクやインドのコルカタと並ぶバックパッカーの聖地。
いつか通りたいと思っていたので、経由地でありながら結構わくわくしていた。
空港を出ると汚い空気に、もわっとした湿気。
しつっこい客引きにキレ気味に「No」と(まっすぐ相手の目を見てゆっくりはっきり、がポイント)
言うと、「守ってくれるヒト(現地ガイドとか)がいない旅」の感覚がふつふつと取り戻ってくる。
ここでは、ぼやぼやしてたらいけないな…と自省しつつぼろぼろのタクシーに乗り込む。
ものすごい渋滞、クラクション、粉塵。
ホテルにチェックインすると、敵の有無を確かめる前にすぐに蚊取り線香を焚く。
今夜までの課題はとりあえず、飲み水と夜のビールの確保だ。

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無数に看板がごった返すメインストリートを歩く。
カトマンズの旅の前半は、信じられないくらい移動にすべてタクシーを使っていた。
タクシー代なんて微々たるものなのである…が、これが後々響いてくることになる。
とにかく初日はお金もあれば体力もある、といった感じで
チベット料理屋で、ラサで食べそこねたチョウメンというきしめんのようなチベット料理を食べる。
まだチベットの余韻が残っている、というか、余韻を探して郊外の町へ出向いた。

かつてのチベット難民キャンプがあった場所へ車を飛ばす。
中国当局によるチベット民の虐殺と民族浄化の難を流れてきた人々のもので
いまとなってはがらんどう、である。
うろうろしていると、地元の人が「チベタン・キャンプ?」と言い手振りで案内してくれた。
キャンプの跡地の向かいには、チベット難民の支援施設があり、
ここではいまだにチベットの人々が土産物を売ったり、織物をつくったりしている。
女性たちが、自分の何倍もある織機のまえで、糸をかけてカタンカタンと動かし、精緻な模様の織物が、ほんとうにまるいひとつの毛糸の糸から作られていく光景は一見に値する。
写真を撮ってもよいか、と訊くと、照れながらもどうぞどうぞ、と言ってくれる。
ここで高級絨毯を買うほどの甲斐性がないため、募金箱に少々の寄付をする。

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上の階や隣の棟は土産物屋になっているのだが、どうも商売っ気がないというか。
お金持ちそうな欧州人が絨毯の交渉をしていたが、チベット文化圏をよく知る敬虔な欧州人は
「あなたたちはダライラマの息子なのね」と涙ぐみながら寄付をするのだそうだ。
絨毯展示場の中央には、質素な額に飾られたダライラマ14世の肖像画があった。
チベットへ行く際、ダライラマのグッズやチベット国旗は買っても空港で取り上げられるかも、と
アドバイスされていたのだが、そんな不安は必要ないほど、その手の商品は一切なかった。
かつての宮殿ポタラ宮も、夏季別荘のノルブリンカもラサで見てきたのに、
わたしはこのカトマンズの元チベット難民キャンプで初めてダライラマの肖像と出会ったのだった。

土産物屋には、「世界最年少の政治犯」というキャッチコピー付で少年の写真が
飾られる、というよりは手製の無造作なポスターのように壁に貼り付けられていた。
ダライラマほどではないが、超大手指導者のパンチェン・ラマという人物もまた
ダライラマと同じように予言をもとに生まれ変わりが選ばれるのだが、中国側政治思惑により
チベット側が選んだパンチェン・ラマは中国当局によってすみやかに拉致され
中国当局が独自に選んだ人間がパンチェン・ラマの座にすわることになった。
チベットの選んだ、麦わら帽子でもかぶっていそうないたいけな少年であるところのパンチェン・ラマは、一方的に「世界最年少の政治犯」という肩書きを背負ったまま、今も行方不明となっている。

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(左:チベット国旗。 右:世界最年少の政治犯といわれた男の子。)

これまた、この旅で初めてお目にかかったチベット国旗を広げながら、
なるほどなぁ、とぶつぶつひとり言を言う。
つまりチベットとは国ではなく思想なのだ。
ここカトマンズでもそれは生きていて、イェルサレムを争うばかみたいな宗教戦争を考えると
チベットという“概念”は、別に地理的にチベット自治区の位置にある必要はないのかもしれない。
ユダヤ教徒がアメリカで財をなした例もあるし、
インドのダラムサラにチベット亡命政府を置き、ノーベル平和賞を受け健康なダライラマが
世界じゅうをその足で巡っているというのは端的な事実。

しかし無論これも、“聖地”という概念が、生まれたときから無宗教なわたしには
理解することはできない次元の世界だということも、解っているけれど。
カトマンズで、チベットよりもチベットな場所に出会い、どんよりしたものがすこし軽く
なったのも、事実である。

~金欠真っ青な次回につづく


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