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2010/11/09

地球の舳先から vol.195
チベット編 vol.6

910.JPG

早朝。夜が明ける前にラサの郊外、ヤムドク湖へと出発した。
何というわけではない。ただ、ラサの市内を離れてみたかった。

標高は4500m近い高地にある、絶景の湖。
まだ真っ暗なうちに出発した車は、満点の星空のなかを走っていく。
途中ラサ市内を出る際、厳とした検問があった。通行許可証と、パスポート。
検問のたびに車はスピードをゼロに戻し、ガイドが車を降りていく。
人が1人入ったらいっぱいの詰め所には、ちいさな豆電球がひとつ。
なんとなく目を合わせるのが疚しくて、ごろんと車の後部座席に体を横たえる。

それでも、検問に5分くらいかかりながら、車はひたすら山道を登っていく。
ここで見た星空が、この旅でいちばんの絶景だった。
真っ暗に帳がおりた空。なにを照らすでもなく光を与える、まっすぐな星々の光。
眠かったし、旅の疲れも溜まっていたけれど、目を閉じてしまうにはあまりに勿体無い光景。

チベットという地で力を抜けたのは、すべての検問を終えてあとは山道を延々
のぼっていくだけの、この朝だけだったような気がする。
政治も、宗教も、関係なく、ただ大地を星の光、ひいては太陽や月の光だけが照らしていた。
「流れ星」なんて特別な命名をすることがはばかられるほどに、星が流れていた。
やがて遠くから、空の色が刻一刻と変わり始め、朝の訪れを伝えてくる…

しかし、胃の奥からせり上がって来る別の恐怖は、やっぱりここにもあった。
夜空が朝日にかわって、目の前の光景がクリアになり始めたときの唖然。
急カーブになぐさめ程度の軟弱なガードレールがある以外切り崩しの山道。
何周も下の道路まで見える上、ところどころがけ崩れなどもあって、ぞっとしない。
「転落死 絶対来るな 対向車」と一句つぶやきながら、目を閉じて寝ることにする。
世界を旅するようになってから、命の危険を感じるのはいつも、犯罪でも人でもなく、道路だ。

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(写真向かって左奥に見える雪山がヒマラヤ)

たどり着いたヤムドク湖はゆったりと鎮座し、風にもなびかない水面をたたえていた。
ホッカイロを振っても勝てない冷風に唇を噛みながらすこしずつ、呼吸をととのえる。
やがて訪れた本格的な朝、湖に反射した朝日があたりを包むころ、わたしは圧倒された。
湖を囲む細い草は、高地の陽を受けて金色に光り、雲の合間からは遠くヒマラヤ山脈がのぞく。
文字通り、空から地球をながめているようだった。

気付けば車の窓ガラスは雪の結晶をつくり、酸素のうすくなった空気は気分を朦朧とさせる。
富士山よりも全然高い場所で、さすがにキンキンと頭が痛み始めた。
ポタラ宮で貧血ぎみになった以外は、毎晩きちんと眠れ、健康的に過ごせたわたしが
はじめて受ける高山病の洗礼だった。車には、コンビニで買える酸素ボンベが積んである。

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「いたい。さむい。つらい。」とぶつぶつ言いながらクルマに避難。
やる気を失いがちなガイド(というか、幼いだけ。中学生といわれても驚かない)
はそれでも、前日の晩にいきなり「ヤムドク湖に行きたい。金はある」と言った希望を
かなえてくれたし(若干ニュアンス違うが、“中国人”の流儀で交渉をしたつもりだ)、
早朝からの添乗でも居眠りひとつせずきっちりやってくれた。
そして渡した多めのチップも(チベットは基本的にチップ不要)、
「いや、そういうのは、本当に」と3回固辞するくらい、実はそれなりな人物ではあったのだ。

最終日の空港で、「一緒に写真が撮りたいです」と無邪気なにこにこ顔で言い、
わたしのカメラ(どうせイチキュッパだよ)より明らかに高級そうなカメラで写真撮影をし、
「日本人、あまり来ないです…」と、非常に残念そうに言った彼。
カトマンズへ抜けるチベット・ラサのゴンカル航空で、申し訳程度にデスクがあるくらいの
がらんどうな国際線カウンターで「Thank you」の応酬合戦をして、手を振って別れたのだった。

これでいいのだ。旅なんて。
人(=個人的交流)と、国(=政治的云々)と、自分の思い(=折り合い)とが、
まるで交差しないから、こそ、そのことに学ぶのである。
そして、それこそがわたしを惹きつけてやまない、旅というものなのだ。

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ありがとう、チベット。
中国当局のことはいまも昔もゆるせないし絶対にゆるしもしないけれど、
それなりに、来た甲斐はありました。
すこしの感傷に浸りながら、でもすがすがしい気分もあって、
列のいちばん先頭で、握り締めたパスポートを入管で手渡す。
資本主義国家ならともかく、わたしのパスポートは汚れてはいるが
存分に社会主義・共産主義国家のスタンプで汚れているので、中国に行く分には不便は無い。

…と思っていたら。

ものの3秒で取り上げられたパスポートが、人から人へとたらい回しにされ、
またしても取調べをくらった事をここにきちんと明記しておく。
敵はアメリカだけだと思っていたので、心外すぎて涙目。
「おまえら共産圏だろーッ!!!!仲間だろーッ!!!!」という叫びは、心の内にとどめておいたが。

こうして、短いチベット旅行はとりあえず、幕を下ろした。

チベット編・了。
ネパールのチベット難民キャンプ訪問その他につづく。

2010/11/09 07:45 | ■チベット, ■チベット(中国) | No Comments

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