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2010/10/12

地球の舳先から vol.191
チベット編 vol.2

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(チベット仏教の聖地、ラサ市内にある「ジョカン」 – 大昭寺。 )

なんど聞いても、慣れない音というか、空気にけして馴染まない音、というものがある。
背中や腰に下げた銃器が、兵士が歩いたときなどにたてる金属音。

チベットのメインストリートはすっかり広州の商店街のようだったが、
数十メートルおきに、数人の兵士が武器をさげてテントを張っていた。

ラサ市内のみどころは、コンパクトにまとまっている。
(限られた場所が“観光地”として提供されている、というほうが正しいかもしれない)
かつてはダライ・ラマの宮殿であり、チベット仏教の聖地であったポタラ宮。
(混乱を避けて現ダライ・ラマはインドに亡命。
 現在はインドのダラムサラという地にチベット亡命政府が置かれている。)
歴代ダライ・ラマの夏の別荘であった、広大なノルブリンカ宮殿。
ラサの中心・ジョカン寺(大昭寺)と、それを囲む巡礼ルート「バルコル」。
夕方にもなればバルコルには教徒たちが集まり、夜が更けきるまで長い時間
マニ車を片手に時計回りに何周も歩いて、祈りを捧げる。
その人々に混じって一定間隔で、銃器を提げた兵士たちが監視と牽制のためにあとに続く。

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(左・メインストリートの一定間隔で立てられたテント/右・巡礼の人々に混じる兵士)

大型のライフルを背中ではなく胸側に構え、
巡礼の人々に混じる迷彩服は、やはり穏やかならない。
息が詰まってしかたないのは、なにも標高3600mだけのせいではあるまい。

しかし中国“国内”の観光促進キャンペーンもあいまって、
中国人観光客が大挙し、チベット側も中国人向けの観光スポットを多く用意していた。
それはもちろん、チベットは「中国」であることの継続的なプロモーションを含んでいるわけで
痛々しいほどに、この地はすでに、中国の、中国による、中国のための地だった。

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(左・ジョカンの前で五体倒地をして祈る人々/右・ジョカン前の広場)

中国人に混じって観光のメイン、ポタラ宮へと向かう。
見学者に上限を設けているため、前日に入場予約をし、見学できる時間が指定される。
炎天下の中を急な階段をのぼっていくので、高度順応が不十分な体ではかなり消耗。
世界一標高の高いところにあるトイレなるものを見つつ、列に並びポタラ宮の中へ。
一瞬のひんやりした空気に癒されるも束の間、入口で顔を上げて自らの目を疑った。

 促進民族団結
 弘揚民族文化
        江沢民 1996年7月

これは、写真撮影が禁じられているポタラ宮の入口に大きく掲げられた看板の文字だ。
江沢民といえば、チベット人に対するジェノサイド(集団殺害罪)を行った当時の国家主席。
それを、大声奇声をあげながらワイワイと観光する中国人観光客。
なんとも、おそろしい光景である。
しかし情報統制の引かれる中国の人々は、現在進行形で自分たちの国家がチベットに対し
何をしているか、してきたかなんて、全く知らないのであろうから、仕方ないのかもしれない。
であるからこそ、やっぱり、ぞっとしない。

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(夜のポタラ宮。写真の構図からは外したが、ここには赤横断幕、併設されたチベット写真展は自治区の偉いさんをドーンと紹介し、友好ムードをばらまきつつコレは中国のモノと主張)

夜に連れて行かれた「チベット・オペラ」はチベットオペラであるはずもなく、
中国人好みらしいハイテンションな歌と踊りが繰り広げられる興行だった。
ダンサーにはチベット人などおらず、歌もMCも四川語である。
中国人のお客さんは、おそらくその意味も知らず、会場で配られた「カタ」と呼ばれる
チベット仏教で旅の安全などを祈る白いシルクの布をお気に入りの出演者の首にかけ
「オーム・マニ・ペーメ・フーム」という、仏教でいうところの「南無阿弥陀仏」が
ヒップホップ調の歌詞になってシャウトされるという信じられない光景がそこにはあった。
無宗教なのは大いに結構なことだが、異文化をここまで冒涜することが許されるのだろうか。
わたしも無宗教なのだが、いや、それゆえおそらく宗教というものには人一倍の神経を使う。
公演が終わるころにはげんなり、を通り越してげっそり、である。

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(自称、チベット・オペラ……ノーコメント。)

ホテルへ帰り、カバーを替えてひっそり持ち込んでいた、チベット史の本を読む。
寝る前に読むと夢見の悪いエピソードばかりだ。
こんなに近い中国の暴挙を、ただ見ていることしかできないのだろうか。
もちろん小さな波としてのムーブメントはたくさんの国に広がりつつはある。
しかし、そういったものがかの国に届くには、相手は巨大で、そして組織的に過ぎる。
世紀をいくつも超えて、遠いいつの日かの未来に、
歴史が証明してくれることを待つしかないのだろうか。

奇しくも先日から、日中問題が騒がしい。わたしもいろいろ考慮のうえ上海行きを延期。
尖閣諸島問題、フジタ社員拘束事件(アルカイダかと突っ込みを入れたい事件であったが)
に続き、中国での劉暁波氏のノーベル賞受賞ニュースの急遽打ち切り、
それに続く劉氏の妻の自宅軟禁などが次々と報道されている。
対岸の出来事が、事実認識として知られるだけでなく、関心を向けられることが一歩だと思う。
そして、その矛先が安易なナショナリズムへと向かわないよう、日本という国の民度を信じたい。

つづく

2010/10/12 03:42 | ■チベット, ■チベット(中国) | No Comments

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