« | Home | »

2010/09/29

地球の舳先から vol.187
パリ(2010)編 vol.7

dscn1379.JPG

毎回、どうしたって最終日というものはやってくるのだ。
やることは決まっている。朝はともかくとして、午後には
サントノーレ通りのホテル・コストで長いお茶をして、夜には船から夜景を見おさめる。

ただ、すこしだけ迷いもあった。
というのも数日前コストへ来た時、12ユーロもするパンケーキは片側が完全に焦げていて
8ユーロの紅茶のポットのお湯はぬるま湯でお茶が出やしなかった。
つい数年前まで、カメラぶら下げてたり、お洒落じゃない恰好をしていると「Non」と入場拒否していたドアマンの2mくらいあるギャルソンは、通路のガードレールに腰かけてくっちゃべっている。
席で書き物をしていたらどこからか手もとのランプの明るさをあげてくれた中庭に面したカフェは
従業員数も客数もさほど変わっていないのにウェイターを呼び止めるのにすらひと苦労する始末。
かわらないものがあるパリ、が好きでも、時の流れには逆らえないのか。

それだけではなく、2年ぶりのパリはなぜかよそよそしかった。
ムフタールでシャンソンを歌うおじいちゃんも、マレのバレエの先生の妙な日本語と独唱も
この現代に投げ銭のコップひとつで車両を移動していくメトロのファゴット吹きも
あの頃愛したパリの光景はまだ、いくつもここにあるのに
それでもこに溶けられないでいる自分の違和感をさがしていた。
自分を覆っていた幾層もの琴線の膜のうちのひとつが、すっぽりなくなってしまったようだった。

ノーチェックでコストへ入り、重い扉を引いて、カフェへ。
夏はテラス席になる中庭は、冬になると巨大な真っ赤なクリスマスツリーが出現する。
冷風でしなびた、靴のなかの指先をあたためようと、奥のほうの席にすわる。
なんだか見える光景が違っていて、偶然、4年前はじめて来たときと同じ席だったことに気づく。
あたたかく気配を消して寄ってくるギャルソンの運んできた、数日前と同じオーダーの紅茶は
カップまで暖められて、ポットと別にもう1ポット分のお湯が運ばれてきた。まるで別物。
砂糖の脇に添えられた、角砂糖とおなじ大きさの、立方体のサイコロみたいなダークチョコレート。
ここのところ、体がアルコールを受け付けないという異常体質になっていたのだが、
ワインリストからグラスの赤を1杯、追加した。

むかしと違ってガイドブックにも載るようになったし、
ここのラウンジのコンピレーションCDはAmazonでも買えるようになったけれど
外界から隔絶されたホテル・コストは、いまもまだそこにあった。
琴線の膜がひとつなくなったのではなく、封印していたのはわたしのほうだったのかもしれない。
そういえば元々パリは、わたしが愛した街ではなくて、わたしの愛した人が愛した街だったのだ。
記憶なんていいように編集されているもので、思い出すべきことが、ここにはいっぱいあった。

dscn1409.JPG dscn1404.JPG

じりじりと自分のなかの凝った部分を溶かしながら、3時間半、長居をして、外へ出る。
ほぼ1週間ぶりに見る青空を、オレンジの光をまっすぐ放つ太陽が沈めようとしていた。
久しぶりの、そして一瞬の晴天。頑なさが抜けると、見える景色もまるで違っていた。
うつくしくて、なつかしいパリが、目のなかに戻ってくる。
ルーブルの隣、チュイルリー公園を歩くと、足元の砂がさっきやんだらしい雨に濡れていた。
『プラダを着た悪魔』のラストシーンでアン・ハサウェイが携帯電話を投げ捨てたコンコルド広場の噴水からエッフェル塔を見上げ、紅葉の落ちるシャンゼリゼ通りに沿って、船着き場へ向かう。

対岸の過去と、いま、ここにある事実。
そのふたつを架ける橋が、わたしにとってはこの街で、
だからこういうタイミングでパリに来たくなるのかもしれない、と思った。

dscn1394.JPG

最終回へつづく。

2010/09/29 09:06 | ■パリ , ■パリ(3rd/2010) | No Comments

Trackback URL
Comment & Trackback
No comments.
Comment




XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">