« | Home | »

2010/09/02

地球の舳先から vol.179
ブータン編 vol.2

bh07.JPG
(ティンプーの広場、時計塔前にて、朝の老夫婦)

ブータンの朝は、目覚ましいらず。
朝早く、増えすぎて困っているという半野犬(ノラ)の縄張り争いらしき鳴き声で起きる。
仏教は殺傷をよしとしないので、日本のように保健所で殺処分というわけにもいかないのだ。
(ハエがコーヒーに飛び込んできたとき、ブータン人に「大丈夫?」といわれたら、そのハエは大丈夫か、という意味らしい)

せっかく早く起きたので、街をひと足早く一周することにした。
パッケージ旅行とはいえど、都市内での自由行動はきく。メインストリートを北へ向かうと、「信号機のない首都」として有名なブータン名物の交差点がある。
そこではおまわりさんが白い手袋をして華麗に手信号で車をさばいているのだった。
写真を撮っていると、恥ずかしそうに目をそらす。
ブータンの人々は「フレンドリー&ホスピタリティ」とよく称される。
たしかに、非常に(必要以上と思われるくらい)礼儀正しく、折り目正しい。
それはマナーというよりも「礼節」に近いようなものだと思う。思わずこちらも恐縮してしまうくらい。
決してガイドがイケメンだったから緊張したとかそういう不純なものではない。

bh03.JPG bh04.JPG
(これが人間信号だ)

bh01.JPG bh02.JPG
(メインストリート周辺。民族衣装と独特の建築による空気感。)

切手が有名なブータンは、農業とインドへの売電以外に主立った外国相手の産業がないため、観光はもとより外貨獲得の一手段として切手の製作に力を入れていたという。
金属製やシルクでできたもの、複雑な曼荼羅模様などもあると聞き、わたしは郵便局へ向かう。
ガイドブックを手にうろうろしていると、「切手か」と聞かれ、奥の部屋の鍵を開けてくれた。
そこは、ちょっとした展示室になっている。
宗教画や国王即位の記念切手などはわかるのだが、NASAの衛星(ブータン製ではない、外国のものだ)やら、98年W杯のベスト8チームの記念切手などもあり、そのココロは不明である。

bh06.JPG bh05.JPG
(中心部からすこしはなれると、庶民の生活も垣間見える。)

その後、少し街中を流してガイドと合流し、ゾンが綺麗に見える高台の尼寺を経由して、ガイド・ツェリン氏(愛称はJelly)のすすめで伝統技芸院なる学校へ行った。
仏画や彫刻、仏像などの勉強をする専門学校で、入学は16歳まで、4~6年制の寄宿学校だ。
ちょうどお昼休みにあたったこともあり、中を見学させてくれた。
年次別難易度の課題が壁に張り出され、制作中の作品の細かさに目がしばしばする。
描いた作品を出してきて恥ずかしがりながらも誇らしく見せてくれた仏画専攻の男の子もいた。
まるで印刷物のようなうつくしさである。

bh08.JPG bh09.JPG
(高台からみたゾン、非常に広い/伝統技芸院にて、仏画専攻の教室)

昼食は、ブータンキッチンという観光客向けレストランで、ティンプーにJICAシニアボランティアとして駐留中の元放送局の日本人の方とご一緒し、昼間からアラとよばれる焼酎を飲む。
高地なので、お酒がまわるのも早い。ご飯はひかえめな味付けになっていた。

その後、私たち一行はティンプーを出てパロという街へ向かう。
明日はハードスケジュールだから、というガイドの提案で、午後は予定を前倒して博物館へ。
7階まである複雑怪奇な建物は、半円式の建物が2つ重なったようなカタチで、4階あたりから入って上まで行き、さらに下がってくるという構造。
仏教関連が大半だが、外国の要人から送られた茶器やご自慢の切手コレクションなどもあり展示数は莫大。

bh13.JPG bh14.JPG
(パロのゾンから望む写真上方が博物館/伝説の橋…ではなく伝統の橋)

博物館のすぐ下にはパロのゾンがあり、その下にはさらにもう数少ないという伝統建築の橋。
(ちなみにわたしは「伝統の橋」を空目して「伝説の橋」だと思い込んでおり、なにごとというわけでもない橋にひとりがっかりしたという。)
ゾンは最高権威の場所なので、ブータン人が中に入るには正装であるカムニ(民族衣装の上にはおるもので、形は全然違えど心理的感覚としてはネクタイに近い)を身に着けなければ警官にとめられて入れないのだそうだ。

その後ぶらぶらと車を走らせていると、アーチェリーの勝負をしている一行に出会った。
車を止めてもらい、ブータン名物のそれを見学する。
的までは100m以上ある独特の競技で、オリンピックでブータン代表選手が「的が近すぎて当たらなかった」と憤慨していたのも、有名な話。
ここで、Jellyとガイド仲間で、日本でも働いたことがあるというブータン人ガイドに会う。
「美人ガ来マシタネー」…。まるでどこぞの中南米のあやしげな客引きのようである。
Jelly=ブータン人代表、のようなイメージを持っていたわたしはドン引きである。

bh15.JPG bh12.JPG
(アーチェリー試合中/お祭りに向け踊りの練習に余念がない寺内)

ウチのガイドのJelly氏はわたし好みの笑顔のステキなイケメン…違った、非常に敬虔な仏教徒で、寺院や僧院を訪れるたびに五体倒地(頭、肘、膝をつくチベット仏教式のお祈り)を行い、寄付をし、寺院の子どもの僧侶見習いとなにごとか楽しげに会話を交わす人格者を絵に描いたような人物であった。
知識も半端なく、数日でずいぶんと仏教とチベット仏教関連の登場人物について詳しくなってしまった。仏教関連にはさほど興味が無かったわたしがすべての観光行程をぎりぎりではあったが乗り切ったのも彼のおかげである。
いまなら曼荼羅の説明がわたしにもできる。かもしれない。

bh10.JPG
(博物館出口にて、ガイドのJelly氏。)

こうしてパロの街をひととおり流し、民泊する農家の家庭へと向かった。

2010/09/02 12:41 | ■ブータン | No Comments

Trackback URL
Comment & Trackback
No comments.
Comment




XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>