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2010/08/02

地球の舳先から vol.177
ラオス編 vol.14(最終回)

「乾季のみ、ナム・カーン川にかかる橋をわたって行ける」
そのふれこみだけで、気にはなっていたカフェだった。
雨が増え始めた5月、メコン川よりも瀟洒な街づくりのナム・カーン側沿いを歩きながら
ぎりぎり水面上に浮かんだ橋を見つけたのは、最終日のこと。

 

「…あ、アレだ」と、のこり2時間になった自由滞在時間を確認して、川面へと階段をおりる。
手作り感満々の、木を組み合わせて作った橋は、吊橋よりスリル満点。
そこから川へ飛び込んでは橋を揺らしてくれる子どもたちが、落ちても大丈夫と勇気をくれる。
念のため携帯とパスポートと財布をジップロックへ入れ、へっぴり腰で反対側へ渡る。
さぁさぁと涼しい音がした。風にゆれる竹の葉が触れ合って出す音だった。
ジブリの世界を思わせる、若竹のトンネルに包まれた階段をのぼると、目的のカフェに着く。

 

静かで、神秘的。対岸の喧騒も猛暑も飲み込んでしまいそうな静かでオープンな空間で
最後のビア・ラオのグラスの水滴だけが、すこし暑がっていた。
呑まれてしまいそうな空気に憑かれて、ここで何時間でも過ごせる、と思った。

こんこん、とペンの先に溜まったインクを落として、トラベラーズノートの記録がすすむ。
考えるために、書くために、なによりも、覚えておくためにぴったりな場所。

 

「素朴だからいい」と旅人たちが口を揃えたこの国は、「スレてないアジア」だった。
「アリガト」と片言の日本語を発しては店員同士で「おまえ、やるじゃんよー」的に冷やかしあう姿、マッサージ店のまだ幼いといってもいいような子のはにかんだ笑顔、やり手ばばぁに顎で指示されてはしかたなく店の前で弱気な客引きに出ては「No,thanks」とにっこりさればばぁの顔色をうかがう青年。
そういう照れながらも賢明な様子は、稼ぐため・生きるためという断崖絶壁感がない。
断崖絶壁感でいうならば、日本の一流企業のサラリーマンのほうがよほどぎすぎすしている。
決して物質的に豊かでない国で、なぜ人々にある種の余裕を感じるのか、不思議だった。

初日に、ヴィエンチャンのガイドの説明を受けながら、なんだか引っかかっていたことがあった。
なんだろう、と旅の間じゅうわたし自身が考えていたのだけれども。
首都ヴィエンチャンのガイドは多数存在する少数民族を「minority」と英訳した。
英語に疎いわたしでも、なんか「ニュアンスが違うような…でも直訳するとそうだな」と思った。
しかしルアンパバンのガイドは「high-land people」と訳した(彼はモン族、少数民族出身だ)。
ちなみに東ティモールでよく聞いた日本のODAやNGOの活動をさす「support」「donation」は
この国では「project」と置き換えられていた。

最終日にして、思う。国家としてとか、それこそGDPとかとしてではなく、
ひとりの人間として生きていくうえで、この国の人々は、なんら、困ってはいないのだと。

「貧しくても豊かな国」からときたま感じるプライドや反骨精神は、そこにはない。
あっけらかんとした真っ直ぐさがわからなくて、それがわからないままルアンパバンへ来た。
雨季には沈む川向こうの秘境は犯されることなくひっそりとしたままで、
メコン川とメインストリートに挟まれたセカンドストリートには庶民の生活がまんま残っている。
こんな状態がサスティナブルなわけがない、と、わたしなどはつい思ってしまう。
グァテマラでもインドでもありそうなメインストリートは一歩間違えば犯罪の温床になるはずで
キューバや中南米のリゾートを思わせるナム・カーン川側は一歩間違えれば貧富の差の代名詞になる。
だが、いろんなものが混じったこの街の交差点は、融和されている。
そんなことがあるわけがないのに、なぜか「落ち」ずに平衡を保っていた。

観光客が闊歩するメインストリートにはでっかい小学校があり、子どもがツーリストなんてまるで気にしないふうで喚き散らしたと思ったら、先生が「子どもに英語できみの国のことを教えてくれ」とストリートで外国人をナンパしている。
僧侶が寺院で談笑しながら作業するなかで、広場見っけ!とばかりにサッカーする男の子たち。
ボートのこれまた気弱な客引きのすぐ横では、観光客が捨てたのであろうペットボトルを支柱にしてつくった手製の網にかかった小魚の量をうれしそうに確認しているおばあちゃんがいる。

この光景を、「平和」とか「癒し」とかで片付けることができなかったのは、
たぶんこの国は10年後に来てもこのままかもしれない、というある意味楽観的な妄想と、
この国がスレていないのはここが観光立国だとかそういうことではなくて単に国民性なのだ、
と思って、日本という国にもこれはあてはまるのだろう、と思って余計複雑な気分になったから。

守ったって、いいじゃない。

どこぞの大企業が社内公用語を英語にすると息巻いてみたり、今年はもう国外に出て行くのか行かないのかジャッジする瀬戸際だとか煽られてみたり、してるけど。
それはやっぱり「煽り」であって、その先には、果たして何があるんだろう。
英語を喋れて、海外に支社を持てたら、日本は再生するのか?

テクノロジーに固執しすぎた日本と、その割に基礎科学を蔑ろにする矛盾。
「テクノロジー」に「語学」というモノを含んでしまっている頓珍漢さ。
経済的惨状も崖っぷちも現実だし直視しなければならない問題だが、一抹の弱さを感じる。
そんな単純な「テクノロジー」つまりなにかを「できる」「できない」なんてことでは
カタがつけられないはずのものを自己否定し始めたわが国を思って、
いつもなら「かえってきたー♪」と灯る夜景に幸せになる帰りの飛行機の中
オレンジ色に染まった街がどんどん近づいてくるのが、怖いとはじめて思った。

この国は、どこへ行ってしまうんだろう。そしてわたしは、どこへ帰っていくんだろう。
「グローバル化」といううつくしすぎる言葉は、薄気味さけ悪い正体不明さに変わる。

そのくらい。わたしはアメリカにもフランスにイギリスにも感じなかった
コンプレックスというものを、ラオスという国に感じた。
かんたんに言えば、羨ましかったのだ。あっけらかんと我が道を行く、この国が。
それは、多くの問題を内包しているとしても、やはり、うつくしい立ち姿だった。

おわり。ご感想はぜひfacebookのJunkStageのページまで。
(来週から、全4回・台湾編。)

2010/08/02 12:22 | ■ラオス | No Comments

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