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2010/07/26

地球の舳先から vol.176
ラオス編 vol.13

 

留守番(おもに魚のえさやり)を頼んだ知人が、わたしの旅の行程表を見ながら
「托鉢ねぇ…」と、“たくはつ”と正しく発音したので、惚れそうになったという話。
「托鉢」をご存知だろうか。僧侶が早朝に喜捨を求めて街を練り歩くラオス名物の光景。
これを見ずにルアンパバンをあとにはできない。
日本にいる間は飲んだくれて夜が明けそうな時間に眠るわたしが、ラオスでは10時には就寝。
そしてこの日も、寝ている時間を惜しむがごとく、6時には起き出して外へ。
久しぶりに触れる、早朝のちょっと寝ぼけたようなでも確実に一日の始まりを予感させる清々しい空気は、太陽とか、起きてきた動物とか、風に凪ぐ木とかそういうものが作っていたんだと感じる。
人間の、手の届かないところで。

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さっそくメインストリートへ行き、邪魔にならないところで僧侶の一行を待つ。
食事の時間が限られている僧侶には、栄養分の高い豆乳なんかも人気なのだそうだ。
オレンジ色の袈裟の僧侶よりも、手を合わせて一行を待つ幼い子どもたちの姿に打たれる。
僧侶の袈裟は、ワンショルダーなら20歳以下。両肩を隠しているとそれ以上なのだという。
成人が少ないようだ。
一行が通り過ぎる頃には、朝市が開始され、女性たちがあらゆるものを売っていた。

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わたしはそこから、クアンシーの滝へ、1時間弱、車を飛ばしていく。
途中で少数民族の村にも立ち寄る。

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ここから先は、文章で触れるよりも写真が語ってくれるだろう。
「…バスクリン?!」と突っ込んではいけない。わたしも最初はそう思ったのだが、
一番奥の滝からすごい勢いで長い距離を水が通っており、バスクリンでの着色は困難そうだった。
が、ほんとうのところはわからない。そう思うくらい、きれいな色だった、ということだ。

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乾季だから滝の水が少なく、雨季に行くともっと荘厳だと聞く。
更衣室の掘っ立て小屋も併設してあり、滝にうたれることも泳ぐことも可能。
わたしが行った5月はまだ肌寒かったので遠慮しておいた。

その後ふたたびルアンパバンの中心部まで車でつけてもらう。
もうこの日は、ラオスを旅立つ日だった。
ひとつやり残したことがあった。
地図を広げ、その心残りへの道程を確かめながら、またしても豪華すぎる食事。
平日だったため、向かいの小学校から昼時に飛び出してくる子どもたちの可愛い制服姿を2階のテラス席から見下ろしながら、水分補給。

今回もまた。この国を離れるときがやってきたのだ、と思う。
どこへ行っても、最終日というものは、どこへ行かねばと焦ったり、考え事をしたりする。
それは多分、わたしが「よっぽどのことがない限り同じ国に二度は来ない」せいもあるだろう。
これまでの例外は、キューバとパリのみ。どちらも、リピートした二度目以降は中長期滞在だったので、短期の個人旅行としてはやっぱり同じ国には行かない傾向がある。
行き逃したところを茫洋とした将来に賭けるよりは、その国へ旅したことへの総括をしたくなるのが最終日。
そして、最後の数時間をここで過ごしたい、と思うところが、いつも一番印象に残る場所になったりもする。

わたしは、メコン川の反対側、ナム・カーン川に向かって、帽子を深めにかぶって歩き出す。
ぎりぎり水没しそうな高さに、かろうじて残っている、川を渡す手作りの頼りない橋。
雨季へ突入する直前。あと1週間遅れていたら、渡れなかったかもしれない川の向こう側に
低い吊橋なみにぎしぎし揺れる橋を渡り始めた。
怖くなかったのは、その橋から川へ飛び込んで遊ぶ子どもたちがいたからである。

つづく(次回、最終回)

2010/07/26 12:43 | ■ラオス | No Comments

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