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2010/03/01

地球の舳先から vol.158
フィンランド編 vol.7

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旅、4日目。ちょうど折り返し地点のこの日は元旦。
前日の経験(前回コラム参照)からわたしは、僻地旅8年目にしてはじめて心を入れ替えた。
「サンポクルーズへ行きます」と英語で言い、「タクシーを呼んでください」と英語で言った。
もう、「タクシータクシー!ぴぎゃー(日本語)」と喚かない。伝えたいことがあるなら、伝わる言葉で。

そう、何も理由が無くてこんな地方都市(失礼)に来たわけではない。
ケミの街には、世界に誇れる観光産業がある。それが「サンポクルーズ」。
フィンランドでもとくに西側で、ボスニア湾に面している湾岸都市は、冬の間に海を凍結させてしまっては貿易も輸出入も成り立たなかった。
そのため、船の自らの重みで流氷を砕いて海を進んでいくハンパなくでかい船を開発。
その砕氷船「サンポ号」はいま、氷上の航路をつくる傍ら、観光客を乗せて流氷の間を行き、極寒の海に突き落として遊ぶ(もちろんハイパーなウェットスーツで)というツアーを組んでいる。
この発着地点が、ケミだったのだ。
わたしがこの存在を知ったのは「フィンランド冬物語」というガイドブック。夏と冬で、できることがまったく違うフィンランドは、正直、「地球の○き方」も、神様・「ロンリープ○ネット」もあまり参考にならなかったりする。
夏物語と冬物語に分かれているこのガイドは、季節に特化してその季節ならではで楽しむ方法を提案してくてくれるので、フィンランド旅行者には必須だろう。

タクシーに乗り、港まで向かう。クルーズのホスピタリティは驚くほどだった。
出航の30分も前に着いてしまったにも関わらず、船からスタッフが出てきて、(アジア人はここでもいなかったのですぐに見分けがついたのだろう)わたしの名を言い当て、「待ってました」と言う。
手配内容を確認し、タイムスケジュールを書いた紙を渡してくれる。
ランチにはサーモンスープを頼んでいたのだがトナカイスープという手配書になっていたので、日本から持参したeチケット(予約内容が書いてあるメール)を出すと(決してクレームのようなテンションではない)、顔を曇らせて「手配の不行き届きを詫びる。今後こういうことのないようみんなで共有して運営にあたっての反省材料にしたいので、eチケットのコピーを取ってもよいか」と申し出られたときにはさすがにビビった。
ここは日本か、と。
山手線がたった20秒遅れただけで始末書を書かされる、日本か、と。

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船はほんとうに、流氷を砕きながら道をつくって進む。
氷を割ってできた道を、小船がたくさん追随していくのだ。
埼玉生まれ東京育ちのわたしはほとんど雪の無いところで生きてきて、加えて小学生のときにスキーで両腕を骨折して以来、雪とはテキセツな距離を保ってきたので、はらはらと落ちてくる雪の一粒一粒がほんとに雪の結晶の形をしていることに感動してしまった。
あまりにはしゃぎ過ぎて甲板で滑って転び、そのまま階段の中腹まで滑って「イタイ…」となりながらも、真っ平らな氷の上に雪が降り積もった大地を、自分の乗った船がバリバリと氷を砕いて進んでゆくさまはかなりな見ごたえである。
4日目にもなるとマイナス10度以下との付き合いもわかってきて、皮膚の薄い顔や手を、ちょっとした布でもいいから覆っておけばずいぶん長い間外に居ても大丈夫なこともわかってきた。

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(雪ってほんとに1粒1粒がこのカタチしてるのね!)

サンポクルーズには3つほどハイライトがある。
まずは、時間差でスタッフが案内してくれる船内ツアー。それにランチタイム、最後が特殊ウェットスーツを着て、乗っているサンポ号が氷を砕いてできたスペースで北極圏の海でプカプカするスイミングタイム。
ひとりで参加したわたしはイギリス人4人とスイス人2人のグループに組み込まれ、7人ほどのチームとなった。
これがまた、文化の違いを思わせる。とくに、イギリス人。
イギリス人もスイス人も積極的に干渉しようとはしない国民なので、わたしがひとり外へ出て写真を撮ったりしても見て見ぬ振りをするわけだが、船内ツアーでは一変。
ウロウロしているとかならず、ツアースタッフよりも目利きのするイギリス人男性がわたしを見張っていて、最後尾にはなにがなんでも自分が立つのだ。
ご一行様がまとまって行動するので、イギリス人グループはまとめようとわたしが先を譲ろうものなら、「女性に最後尾を歩かせるなんてとんでもない」という価値観よろしく、かならずイギリス人男性は自分が最後尾を歩く。急な階段ではなおのこと。
「友達と一緒に行かなくていいの」と思わず突っ込むと「でも(君が)迷子になるかもしれないし、階段から落ちるかもしれないから」と言う。
決して妙な下心ではない。それが当たり前だという教育を受けているのだ。

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(船長室案内にて。)

ランチタイムも、わたしには単独テーブルを予約してくれていたのだが、「日本のことが聞きたい」とのオファーで、せっかくのご縁なので混ぜてもらうことにした。
このイギリス人グループはカップルと夫妻の2組だったのだが、ひとり旅のアジア人をいろいろとフォローする男性陣を女性陣は当たり前のように眺め、日本の「鬼嫁」なんて言葉がかわいいくらいに女王様である。自分たちはただ、わたしを含む女同士の会話を楽しむ。
まだ20歳代のカップルであったが、話し相手であるわたしのワインがなくなっても、アイコンタクトでパートナーの男性に持ってこさせるし、とにかく女性が目を配らせて守られることは当たり前らしい。日本人のわたしにとっては、カルチャーショックである。
こんなに気を使われたら、恋人である女性陣のほうの目線が日本人としては気になってしまうのだが、ソツなく女性のエスコートをこなしている自分のパートナーをむしろ満足げな表情で見守っている。
そして無邪気に、「一昨年銀座に行ったのよ」とか「秋葉原はどんなところなの?」と男性陣をシャットアウトするかのごとくガールズトークを持ちかけてくる。
…な、なんなんだ、これは…。
でも確かに、わたしが日本でかなりお世話になった、イギリス育ちのS氏やA氏も、相当に思慮深いレディファーストな人種であったが…。
出されたサーモンスープが、具沢山でたいへん美味しく満足感の高いものだったことは、言うまでも無い。

ランチのあとは男女の更衣室に分かれ、最後のハイライト。これまで乗ってきたサンポ号が砕いた流氷のためにできた海水に浮かぶアクティビティだ。
必要以上に厚いウェットスーツに着替え、海へ。北極圏の極寒の海にぷかぷかと浮かぶ不思議な感覚。

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這い上がるのは難しく、スタッフに、アザラシよろしく引き上げてもらう。
ウェットスーツを脱いで身軽になり、凍った氷の上に積もった雪景色の中ではしゃぐ一行。
本来は海である場所の水面上を走り回るというのは実に不思議な感覚だった。
何よりも忘れられないのは、凍った海の上で沈んでゆく太陽の光だった。

こうして第三の目的、サンポクルーズを終え、わたしは団体ツアーの帰路に混じってロヴァニエミへと長い距離を戻っていったのであった。
サンタの街ロヴァニエミへと向かうバスの中では、オトナもコドモも区別無く、はしゃぎ過ぎた人々が爆睡する場と化した。
わたしも、Hotel Merihoviでテイクアウトしてきたサンドイッチを腹におさめ、しばし眠った。

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2010/03/01 10:09 | ■フィンランド | No Comments

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