« | Home | »

2009/03/13

地球の舳先から vol.117
イエメン準備編 vol.2(出発までつづく)

さて、イエメンツアーのプランニングのその後である。
私が「必須」の目的地に挙げたのは、「サナア」「シャハラ」「シバーム」この3つの地。
とはいえ、イエメンなんて知らないよ、という大半の読者の皆様にとっては
地名だけ聞いても「…?」という感じだと思うので
これから3週にわたって、わたしが見聞きしたこの地の予習を公開したいと思う。
第1回は、シャハラ。

shahara1.jpg

シャハラは山岳地帯である。半端な山岳地帯ではない。丘といってもいいほどの渓谷。
その頂上部分にある村が、シャハラだ。
まるで空に浮かんでいるようなところから、「天空の村」とも呼ばれている。
…というと、聞こえはいいのだが。

16世紀後半、オスマントルコがイエメンを征服していたのだが、
この地の利を生かして反撃の拠点となり、独立地として留まった。
というのは世界史を深く勉強した方なら、聞いたことがある話かもしれない。標高は3000メートル。
なんでそんなところに住むのか、というと、イエメン南部では部族社会がいまだ残っており
部族間の抗争が激しい護衛拠点のためなのだそう。
ちなみに、外部への警戒心が激しく、首都サナアのナンバーの車などは受け入れないという。

名物は「シャハラブリッヂ」。
前述の、オスマントルコに制服されそうになったとき、下山せず村同士で連携をとるために
山と山のあいだに架けられた天空に浮かぶ橋である。
この写真を見て、建築にほぼ興味のないわたしでも惹かれずにはいられなかった。
ちなみに、イエメンに歴史的建造物が多いのは3つほど理由があるらしい。
1)アラブ文明の発祥地はイエメン。
2)辺境にあるので古い文化が残された。
3)石油がとれないので他のアラブ諸国より遅れている。
確かに、昨今のドバイやらオマーンやらの超近代都市を見ていると、
中東=アラブ=ドバイのあの感じ、になるのだが、本来アラビア半島は文字通り
「アラビアン・ナイト」のモデルとなった地である。

shahara2.jpg

が、気軽に行けるところではない。
首都サナアの西北163キロ、ということは東京静岡間くらいのものである。
問題は距離ではない。
シャハラへ行くためには、アルカイダの制圧区域を横切る必要がある。
過去に日本人グループも誘拐されている。個人旅行には適さない。
わたしは、アルカイダとかイラクとかアフガンとかを、今まで徹底的に避けてきている。
それは、さきのイラク人質事件の無責任すぎる人質たちの行動に本気で腹を立てたし、
旅は個人がするものであっても時として「政治行為」であるということを知ったから。
日本人が人質にとられるということは、その人間の責任ではなく日本の責任となる。
良識ではない、常識ある個人として、やっていいことと悪いことの見境、というものがある。
無鉄砲な行為は、冒険ではなく政治行為なのである。
…こんな平和ボケした半共産圏の国にいると、簡単に見誤るんだけど。

一方、東ティモールへの旅で知ったのは、「危ない危ないといわれている地が、
シチュエーションによっては気にすることないことも多い」ということでもあった。
わたしは去年、いまなおPKOが常駐する東ティモールへ行っている。
その年にも、集中砲火や抗争で家が焼かれたなど、紛争まっただ中のような報道もあった。
しかし調べていくうちに、(あくまで当時は)抗争は軍の「檻のなか」で行われており、中心部や田舎を旅行する分には、「現地の情勢を知り尽くしている」人間が同行していれば大丈夫だろう、という結論に至った。
知っていれば防げる被害、というのが、往々にしてとても多いのだ。
もちろんこの判断を下すためには、現地に強い日本の旅行代理店、現地の代理店へのヒアリング、現地在住の日本人からの情報提供などを受けていた。

わたしは、「びびりながら僻地へいく」変わったタイプだと思う。
だいたい危ないといわれるところへ行く人たちは、エイヤで行ってしまう勢いがある。
わたしは昔からバックパッカーを自称もしていないように、
疲れるからバックパックよりインドでもキャスター付のスーツケースがいいし、
諍いに挑むくらいなら手数料を払っても日本で現地交通手段を確保していきたいし、
あぶないところなら添乗員や現地係員に同行してもらった方がいい、
とおもっている、ヘタレな僻地トラベラーである。
が、そのおかげで身もまわりも貴重品も守ってきたという自負もあった。

今回も、最低限、現地でのコーディネーターにシャハラに関しては全行程同行してもらい、
さらに、情勢が少しでも悪化した場合には、わたしがお世話になっている僻地専門旅行代理店のひとり社長さん(今回も手配をお願いしている)に添乗をお願いすることにした。
つまりは、結局行くことにしたのである。
シャハラの情勢については、今後も1回くらいはこの場で書こうかと思う。

※画像は、4travelのジェロニもさんにお借りしています。

2009/03/13 11:20 | ■イエメン, □旅の準備 | No Comments

Trackback URL
Comment & Trackback
No comments.
Comment




XHTML: You can use these tags:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>