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2015/01/23

地球の舳先から vol.350
東北(2015)編 vol.2

※こちらの記事には、2014年12月末の名取市閖上地区の
写真を掲載しております。閲覧の際はご注意ください。

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見渡す限りの、オレンジ色の土地。
「きついな…」というのが、最初に抱いた感想だった。
仙台へ着いた翌日、津波で壊滅的な被害を受けた閖上(ゆりあげ)地区を訪れた。
瓦礫がなくなり、盛土も進まない土地を草木が覆い始め
真冬を迎えるオレンジの枯れ草色に似あわず、逞しく生き始めていた。

閖上地区の被害については幾度もの報道で見聞きはしていたし、
震災後、事情あって仙台で働き始めた閖上出身の知人のこともあった。
しかし実際、1メートル半ちょっとのこの身をもって現地に立つと、
生活の失われたその土地・空間の、肌で感じる広大さに言葉を失う。
報道の文字が写真になり、カラー映像になっても、
そこにリアリティなんてこれっぽっちもない、と思い知る。

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丘のように盛られた高台「日和山」の上に、鳥居が見えた。
一段高いところからこの場所の全貌を見るのは気も引けたけれど
ここまで来たのだから見られるものは見ていくしかない、とも思う。
その鳥居は、宮大工だったとある方が、震災後に残った部品を少しずつ
集めながら作ったものであるらしかった。
登る階段の設置費用はクラウドファンディングREADY FORで集められたものだという。
当時の写真もあるので、ぜひこちらもどうぞ
海に向かって牌が何本か立てられている。桜の木もあった。

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すぐ近くのブロックにはまた立派なモニュメントが建っていた。
そして、被害に遭った人たちの住所と名前がひとりずつ刻まれている。
同じ苗字の人が続くところもあり、当時の状況を物語る。
「街がいっこ消えた」――そんなホラーかSFかいずれにしても
映画みたいなことが、起きるわけがないのだ。
ひとつの広大な空間が、すべてが失くなったように見えるけれどもそれは
1人の人間が突然いなくなる、ということが大量に起きた結果。
刻まれた1人1人の名前こそが、ここで起きたことのリアリティだった。

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たくましい光景もあった。
廃車になったのであろう車2台の間に木を通し、大根の一本干しを作っている。
となりでは、野菜の青々した葉が育ち、コンクリートなのか土なのかも
よくわからない家の基盤だった部分が、違って見えてくる。
しかし、1台はナンバープレートをはがし、1台は隠れるように物を置いてある
ところを見ると、何か嫌なことがあったのだろうかとも思い
カメラを向けるのもじゃっかん躊躇する。

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想像しようとしても、しきれない。
それでも、想像しようとするしかなかった。
ここも大川地区同様、今も様々な被害当時の検証が続けられている。
ダイヤモンドオンラインより

海沿いに建ったゆりあげ港朝市は、年末と毎週日曜日の開催。
出足が遅かったので、名物の赤貝丼は逃したが、活気があり温まる食べ物も沢山。
飲食店が入った屋内のスペースもあるし、外のバーベキューコーナーでは、帆立や牡蠣、海老などをその場で買って焼いて食べることもできる。

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帰りは、名取の駅まで出ている無料のバスを利用した。
目印になるのだろう、このあたりで唯一残された建物の所に建て看板があり
ミニバンに拾われる。仮設住宅を回って駅へと繋ぐが、ほかに乗客はない。

久々に見た海沿いの地震痕だった。

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