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2008/12/29

地球の舳先から vol.105
日本編 vol.1

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次の舳先を探していた。転機にはいつでも旅が必要だった。正月が暇だった。
それが、1月の頭に旅することを決めた3つの理由。

地球儀は高価だ。ハリボテのようなちゃちなものを除けば、小さくてもゆうに5000円はする。
生活に必要なわけではないから、欲しいなあと思いながらもなんとなく買うきっかけがなかった。
去年、撮影小道具の処分品として会社から貰ったのは、セピア色の重厚感のある地球儀。
広告物の撮影に使用したのだから、それなり以上の質のものだった。
うぅ、この会社に居てヨカッタ、などと一瞬思ったが辞めてしまったので、今となっては持ち逃げだが。

地球儀をまわして止まった国へ行くような旅がしたいなとふと思った。
物理的に行けない国もあるし、回して止まったところが海の上かもしれないから、なんか非現実的な思いつきなのだが。
なんということもなしに回した地球儀で自分の指した地を見て「およっ?」となった。
……日本だった。それも、青森県の北のほう。ここなら行けるじゃん、とも思った。
青森なんて恐山くらいしかまるで思い浮かばないけれど、なにか引き寄せられる思いがあった。

わたしは早速、JunkStageのライターでありバスケ馬鹿のフィルコさんにメールをしてみた。
8月の舞台にお越し頂いた皆さんはご存知だろうが、フィルコさんは八戸出身、今も八戸弁。
わたし:「ねえ、正月に八戸行ったら、寒くて死ぬかなあ?」
フィルコさん:「ど、どうした?! 病んでるのか?!」
…出身者にまで、「八戸へ行く=病んでる」と思われる八戸。一体どんなところだというのだ。

観光ガイドブックを読んでみるも、十和田湖ぐらいしか見どころもなさそう(←失礼)。
しかし、素敵な旅館があるようだった。青森の魅力をぎゅっと凝縮した温泉旅館。
広大な土地に宿泊棟、温泉、毎日開催されるミニねぶた祭り、郷土料理。
敷地内にはJRの線路も走っていて、夜には夜行列車が見えるそう。
湖に浮かぶ伝統的な住居を模した宿の写真は、軽井沢の素敵旅館「星のや」に似ていた。
…と思ったら、破綻したホテルを買い取って、星のやの星野リゾートさんが改修したのだそうだ。
これは是非行きたい。先月行った「星のや」の幻想的な風景がよみがえる。
こうしてようやく「八戸行き」のひとつの目的を見つけ、少しやる気が出る。

まだ凄く行きたい気にもならなかったが、10分後に新幹線の切符をインターネットで予約した。
思い立ったら、すぐ行く。すぐ行かなくても、後に引けないように手配してしまう。
それが、仕事やら何やらがあっても旅を続ける強引な方法でもある。
好きな浦和レッズの遠征以外で日本の国内旅行をするなんて、沖縄に次いで2回目のことだった。

この旅館、「古牧温泉青森屋」があるのは、八戸から電車で少し北上した「三沢」という地。
今度は「三沢」を調べ始めたわたしは、検索結果に出てきたスポットを見て、さらに「およよっ?」となる。
“寺山修司記念館”。

寺山修司という作家の存在を、ここの読者の方々がどれだけご存知かは、わからない。
彼は、刹那的であり、破壊的であり、奔放であり、身も蓋も無くもあり…
著名な著書に「家出のすすめ」や「書を捨てよ、街へ出よう」などを持ち、前衛的な劇団「天井桟敷」の主宰のほか、写真や作詞なども行っていた。

わたしが始めて寺山作品に出会ったのは、遅くも20歳を越えてからだった。
そのときわたしは、共感を超える自分との価値観の共通性に大変驚いた。
感化されたのではなく、わたしが元々持っていた価値観やら生き方やら理想論やらが、彼の著書にはそのままといっていいくらい描かれていた。
ただ違うのは、わたしが内面に留め続けていたことを、彼は大声で主張していた点だろうか。
奇しくもわたしの生まれ年が彼の死んだ年。まるで生まれ変わりのようだ、と自分で思ったが
だからこその近親憎悪で、わたしは彼の美学をとことん否定した。

寺山の言うことはもっともである(少なくともわたしにとっては)、しかしそれを貫くことはだいたいが
社会的に生きることと相反するものだったり、身がもたないジェットコースター的生き方なのだ。
「命を削る」なんて言葉は、言葉面ほどキレイなもんじゃない。
しかし自分のなかでの美学とは本質的なものだから、そうそう変わるものでもなく
気づけば刺激的でドラマチックで、自分をすり減らす道のほうを好んで選んでしまう自分がいる。
わたしはそんな自分の「本質」を、捨てたいとまではいかなくても、どこかに置いてこれたらどんなに楽だろうか、と事あるごとに思ってきた。

そしてこの日回した地球儀の示した「次の行き先」は、かの寺山修司が否定し続け、嫌いだと言い続け、イコール求めて執着し続けたとも言い換えられる彼の「故郷」である三沢だった。

死んだ人間に因果を感じられるほど、フワフワはしていない。
でも直感的に、なにかがあるのかもしれない、と思った。なにか変えられるかもしれない、とも。
置いてきたいものがある、というちょっとだけ切羽詰った最近の私事も影響したのかもしれない。
指のなかからこぼれ落ちていくのを黙って見ているくらいなら、意思を持って置いてきたいと願った。
こうしてわたしの旅のテーマは、いつの間にか「訣別」になってしまったのである。

2008/12/29 03:54 | ■日本‐三沢 | No Comments

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