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2014/09/03

地球の舳先から vol.335
東北(2014)編 vol.10(最終回)

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「かつおの刺し、ください」 寿司屋で、座る前から頼むと、目の前の板さんが
「今日、チューする予定は?」
「今のところ?」
「じゃ、にんにく付けますね。そのほうが、おいしいから」

陸前高田出身だという板さんとゆるりとカウンターで語りながら、帰りの新幹線の時刻を待った。
新幹線に乗ると、またすこしだけ寝た。遊び疲れて、なんだかよく寝る日だった。
起きた頃には半分以上東京で、そのために早めに帰ってきたリハーサルの時間も迫っていた。

なんのために、踊ってきたのか。
なんのために、吸い寄せられるように気仙沼へ行ったのか。
なんのために、たくさんの人との出会いがあったのか。

長い時間を経て、自分がこれまでやってきたことが、1本の線でつながる感覚があった。
目が覚めたときには、壮大な妄想のような夢が仕上がっていた。

気仙沼にバレエ団を作る。

普通に考えたら、「なに言っちゃってんの」な話である。
でも、現実から逆算をするのが、計画性からたたくのが、本当に大人なのだろうか。
不可能を可能にするのは、結局のところ根性とかだけだったりするんじゃないだろうか。

やればできる。っていうか、「できない」ってなんだろう。
夢を追ってる限り、ずっと道半ばだから、「ダメだった」なんて結論、一生出ないわけだし。
「何年かかるか」も考えないことにした。ただ目先のなにかを、ひとつひとつ。

力をくれたのは、間違いなく、この3日間で会った、しなやかで強い、東北の人たちだった。

それからの日々は、行きあたりばったりの呼ばれて飛び出てを繰り返し、
毎日が濃く飛ぶように過ぎ、気づいたらわたしの夏は終わっていた。

ほとんど毎日、人と会っていた。
何かしらの特殊技能を持った人たちが、「協力してやる」と手を挙げてくれ続けた。
ひと月後にはふたたび気仙沼へ行き、新たな出会いもあった。
特に、現地で唯一のバレエスクール、悲しい被災経験を越えて再び立ち上がった「気仙沼バレエソサエティ」さんと公演をご一緒できることになったのは、願ってもいない僥倖だった。

日を追うごとに、思いついたばかりの活動が、沢山の人のプラスのエネルギーで満ち始めた。
わたしは、プロジェクトの名前から、「ボランティア」の文字を外した。
これは、「震災復興」活動ではない。
震災復興を掲げている限り、それは長く続く類の活動にはならないだろうし、何よりわたしは
“気仙沼がかわいそうだから”この活動を始めたのではなく、
“気仙沼が好きだから”この活動を始めたのだから。

だから、
“気仙沼バレエ旅芸団”。
イメージは、キャラバンの移動式サーカス団。

「被災地だから」ではなく、「旅行するのにいいところだから」、
遠路はるばる出かけて、美味しいものを食べて、温泉でも入って、一芸である「バレエ」をやる。
そして、1年に1度くらい、気仙沼旅行ついでに踊ってくる、という人が増えたら、すごくいい。
ダンサーだって、「自分のための」発表会じゃなくて、「観客に見せるための」公演の機会って意外と少ないから、得るものも大きい。

旗揚げ公演、10月19日。
3年かけるような緻密な事業計画書を、用意しなかったから良かったのかも。

やっと立ったスタート地点。
でも、一段落なのでここで一度、これまでのさまざまな出会いとご縁に感謝して。

踊りに行きます!気仙沼。
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気仙沼バレエ旅芸団


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