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2013/11/25

地球の舳先から vol.297
気仙沼(2013)編 vol.1(全5回)

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「気楽会の観光案内課」。気仙沼の比較的若いひとたちが気仙沼の
まちと人を、あるいて案内してくれるツアー。
春~秋の間、もう7年も(つまり震災の前から)続けているというのだからすごい。

2011年に参加してから2年ぶりに、参加してきた。
気仙沼そのものは、1年ぶり。1年に1度は行っておきたいと思っている。
そして、だんだん知恵がついてきて、魚のおいしいシーズンを選んだ。

そのまえの1年では感じなかった、明らかな変化があった。
あたらしい建物がたくさんできていた。
土地のかさ上げもはじまっていた。
こわれた建物の痕跡は、ほとんどなくなっていた。

いい天気だった。とっても。暑いくらいの、厳しすぎる冬へ向かう最後の秋。
そして気仙沼を1日かけてぐるりと歩き、ゴールの斉藤茶輔へ帰るころ
あっけらかんと「あ~楽しかった!以上」な自分に気がついた。
もちろん今回だって、悲しい話も聞いたのだ。
「楽しかった!以上」でいいのかよくわからなくなったが、多分いいんだと思う。

*       *       *

わたしがはじめて気仙沼へ行ったのは、今は廃刊となった『旅』という雑誌を見て
この気楽会のツアーのことを知ったからだった。
ツアーに参加するために気仙沼を訪れた。
被災地といわれる場所に、行きたいような、行ってはいけないような、
そんな折に「気仙沼は震災後の今に訪れてもらっても十分楽しめる」
という彼らの言葉に背中を押された。

きっとわたしが気仙沼へ行ったのは、はじめから、いや、はじめは、
震災どうこうではなかったのだと思う。
ボランティア雑誌を見て行った訳じゃない。旅行情報誌を見て行ったのだから。

でも2年前、ツアーに参加したときは、やっぱりどうしたって「被災地を見た」と思った。
あたりまえである。
暗澹たる消化しきれない思いを抱えて、この地をあとにした。

1年前に行ったときは、深夜まで明かりが点る商店街や市場の活気、人々に
気仙沼と「被災地」ということばのイメージがなんだかつながらないと思って
とりあえずわたしは「復興途上地を歩いてきた」とよくいっていた。

今回、気仙沼を訪れて、「復興」という言葉にすらわたしは違和感をおぼえた。
「復興」とはいったい、なんなのだろうか。
もとにもどすことだろうか、更地からあたらしいなにかを作ることなのだろうか。
なにより「復」の字にはどうしたってリベンジのイメージがつきまとうし、
なんとも、いまの気仙沼に、その言葉というか字面は似合わない。

なくなったものを取り戻すことはできないということを受け入れた町なのかもしれない。
昔あったものをもう一度再現することをやろうとしているようには見えない。
だったらそれは、単に新しい気仙沼を作る「町づくり」なんじゃないだろうか。
「復興」なんてものがもしあるとしたら、そんなことばが使われなくなるときのことなのだろう。

*       *       *

新しい町づくりが、
日本のあちこちにまだまだたくさんあるであろう、昔ながらの町が人々によって
古いものも、新しいものも、いいところをたくさん集めて「いまの町」へ進化していく。
きっとわたしは、その貴重な過程をいま、見ているのだ。

真面目な人々に怒られるのは百も承知でいうと、
テレビのクルーに「防波堤問題をどう思うか」とカメラを向けられるのも鬱陶しかったし
「メディアと真の報道とは」と下を向いて語る外地の若者も鬱陶しかった。
気仙沼には、海があって、山もあって、ママチャリはたまにきついがサイクリングも楽しくて、
友だちがいて、美味いもんがたくさんある。

それがわたしにとっての「気仙沼」なのだ。

ようやく「旅」ができた気がした今回の旅行を
これから何回かに分けて、自慢げに振り返っていきたいと思う。

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