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2013/05/07

地球の舳先から vol.275
イスラエル編 vol.10(全14回)

アラブ人ドライバーの彼は車を止めると「待ってるから、ご自由に」と言った。
下ろされるとは思っていなかったので一瞬びっくりしたが、つまり「下りても大丈夫」という事だろう。
車から這い出して、壁沿いに写真を撮って回った。
この分離壁には、もはやアートと呼ぶべき絵が所狭しと描かれている。
“英語”のメッセージと共に。

有名なのは、バンクシーという、風刺画を描く覆面アーティストが描いたもの。
火炎瓶の代わりに花束を投げる男の絵や、壁の壊れた向こう側に青空が見えている絵。
もちろんそれだけではなく、色々な人が絵を描いている。
誰かによって上から塗りつぶされているものもあるし、便乗した企業広告もあってウンザリしたりもする。

想定内ではあったが、アメリカを揶揄したものも多い。
世界で一番有名な「壁」はおそらく「ベルリンの壁」だと思うが、ことこの地の場合、
壁が崩壊したその先に平和はあるのだろうか。
と、いうか、この「壁」は、本当は誰を守っているのだろうか?
考えればきりがなかったし、個人的なものであれ結論も出るはずがなかった。

壁は高かった。
ここでわたしが思い出したのは、北朝鮮の38度線だった。
あそこにあった「壁」は、高さ10センチくらいの駐車場にある車止めみたいなコンクリ片だった。
が、そこでは、銃器を携えた2つの国の兵士が24時間向き合っている。
同時代とは思えないほどの差がある、軍服と装備で。

ここには、誰もいない。聞こえるのは自分の足音のみ。

近くに小さなクラフトショップがあったけれど、帰国の際の執拗な荷物検査のことを思い浮かべ、
なにを買うわけにもいかず覗くだけにして、車へ戻った。
一応、ホテルもレストランもあるし、営業もしている。
それにしてもほんとうに、静かだった。

帰りのチェックポイントで止まると、ガタン、と大きな音がした。
イスラエル兵が検査の為に後ろのトランクを開けたのだが、
この車は全然おんぼろでないガイシャなので、そんな音がするわけがない。
持っていた「何か」を故意に打ちつけでもしたのであろう。
銃をぶっ放すわけじゃない、みみっちくって、言い逃れ可能な、ささやかな嫌がらせ。
その人工的な音が一瞬、わたしのどこかの神経を一時的に断ち切った。
「切れる」という感情というか状態を体験したことはたぶんないのだが、おそらくそんな感じ。
頭よりも何かが突っ走って、たぶんものすごい形相で後ろを振り返った。
わたしがこの複雑な旅で怒りというものを明確に感じたのは、多分この瞬間だけだったと思う。

隣ではドライバーが、当然うしろなど振り返らず、わたしのほうも、バックミラーも見ずに言った。
「No problem」
じっと前を見つめる姿はえらく凛としていて、達観した修行僧(仏教じゃないけど)のよう。
わたしは、鼻で息くらいしたかもしれないが、とにかくもう一度前を向いて座りなおした。
「No problem」
彼は、うなずきながら、もう一度、ものすごく静かに言った。
今度は、なんともたとえようのない悲しみに襲われた。
この人に何があったのか、いやなにも無くてただの性格なのかも知れないけれど、
この人は一生、怒ったり悲しんだりしないんじゃないかと思った。
手元にかえってきたパスポートを膝の上に置いて、深呼吸をした。
― いずれにしたって、わたしが怒るところじゃないのだ。

「イスラエル側」には、馴染んだ顔のガイドが待っていた。
中で撮った写真を見せてくれといって、へーへー言いながら興味深そうに見ていた。
「この絵はいいね!」とか「美しい」とか、言っている。
そこの英語が、目に入っていないわけではないだろうが、
きっと自分の国籍がイスラエルであることと、イスラエルという国は別のハナシなのだろう。

金曜日だった。
ユダヤ教の安息日が始まる。
イスラエルでは、安息日は公共交通機関は全部ストップするし店も閉まる。
「またまた」と最初は思っていたがこれが本当にガチでやるのである。
外を歩いたって宗教警察みたいなものにとっ捕まるわけではないけれども、
いつもの大渋滞がウソのように、車通りも数えるほどになったエルサレムの街を、ホテルへと急いだ。

つづく

2013/05/07 08:00 | ■イスラエル | No Comments

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