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2013/04/30

地球の舳先から vol.274
イスラエル編 vol.9(全14回)

陽が傾き始めるかという頃に、この日の本当の目的地へ到達した。
パレスチナ自治区、その中で最も観光地化されている「ベツレヘム」である。
キリスト教にもユダヤ教にも縁のないわたしでも、その地名くらいは知っている。
イエス生誕の地。旧約聖書のユダの町。クリスマスツリーのてっぺんの「ベツレヘムの星」。
しかし、想像していたよりも“全然観光地じゃなかった”。

エルサレムの街中を過ぎ、徐々にひと気がなくなっていくと、「壁」が見えた。
パレスチナ人居住区を高い壁で封じ込め、行き来もままならない、悪名高き分離壁。
ライフルを構えたイスラエル兵が執拗に出入りのチェックを行っている。
中へ入るには、アラブ人の車とドライバーに乗り換える必要があった。

ガイドを替わることに、不安がないわけではなかった。
アラブ人運転手だという彼は、頼んでもいないのにぺらぺらと、急いでいるにもかかわらず車の速度を下げてまで喋るイスラエル人のガイドとは正反対に、寡黙な人だった。
イエスとノーしか言わない、目も合わせようとしない。
最初は、招かれざる客なのだろうかと考えもしたが、そういうわけでもなさそうだ。
なにかをつたない英語で言うと、一所懸命にこちらの意図を汲み取ろうと見つめ返してくる。
半径10センチに小鳥がいても驚かせないだろうというような、空気を震わせずに喋る人だった。
むろん、わたしの個人的な印象。彼だって酔えば暴れるのかもしれない。あ、ムスリムか。

まずいことはすぐに教えてください、と言うと、彼は「OK」とだけ言った。
踏切のような、壁に囲まれたチェックポイントへと向かう。
カメラを構えて、シャッター音をONにしたまま、何回かシャッターを切った。
彼が「NO」と言ったのは、警備要員がこちらを振り返ってからだった。
カメラをしまったわたしに警備兵が近づき、パスポートを確認してすぐに通す。
パレスチナ自治区へ入った。
といっても、ほとんどの観光客がエルサレム観光のついでに立ち寄る、御馴染みの場所。

エルサレムは、ユダヤ人の町。パレスチナは、アラブ人の町 ― そう思い込んでいたわたしは、エルサレムのアラブっぽさにも驚いたが、パレスチナでまた驚いた。
ふんわりと続く、白い壁と建物。
わたしは、こんなに白くて美しい町というものを、ほとんど初めて目にした。
すでに夕方になっていた。後光を受けて白い建物は輪郭がぼやけ、美しい。
「神の住む町」と言われれば確かに納得しただろうというくらい、幻想的だった。
こんな状況でなければ、新婚旅行のメッカになっていたって、おかしくない。


(生誕教会)

むろん、ものものしいイスラエルの検門が物語るように、平和とは程遠い。
一番の観光スポット、イエス・キリストが生まれたとされる「生誕教会」は、
ローマ・カトリック教会・正教会・アルメニア使徒教会の共同管理下にあり
10年ほど前にはここでイスラエル人とパレスチナ人の銃撃戦も起きている。
ちなみにそれを知らずに訪問した日本人バカップルが世界中から総バッシングに遭った。


(生誕教会の中)

エルサレムと違って、広い何車線という道路が整備されているわけではない。
狭い路地を、徐行する車と人々が目を合わせながら通行する。
見所はそんなに多くなく、いくつか教会を巡れば終わりだ。
見晴らしのいい丘にさしかかると、ドライバーの彼は最小限までスピードを落とした。
わたしが、「写真を撮りたいのでおろしてもらえますか?」と言うまで。
「死海にダイブしろ」「写本を見に行くぞ」といういつものガイドとは大違いである…。
パレスチナから見る、エルサレムの景色。もうすぐ帳がおりようとしていた。

この地を「パレスチナ」と呼べば一気に政治色が増すし、
「ベツレヘム」と呼べば宗教色が増す。
この、隔離された区画は、一体、何なのだろうか。
いつだか政治を仕事にしている友人が「ビンラディンはコンセプトであって、生存している必要はない」と言っていたが、つまりそういうことなのかもしれない。
しかしここにも「市長」はいるし、2万人以上が住んでいる。
そしてすでに現在、ここにキリスト教徒は1%ほどしかいない(データ上)。
人が何らかの“御都合”で無理に引いた線というのは、その土地をどこかしら不自然なものにする。

ガイドを振り返ると、無言でじっと目の中を見詰められた。
「“壁”の写真が撮りたいんですが」と言うと、うなずいて「OK」と言った。
もと来た道とできるだけ違う道をゆっくり、走りながら、再び壁の方向へ向かった。

つづく

2013/04/30 08:00 | ■イスラエル | No Comments

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