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2013/03/25

地球の舳先から vol.270
イスラエル編 vol.5(全14回)

どのガイドブックを見ても「最低3日は必要」と書いてあったエルサレムだが
元々宗教に造詣が深くもないわたしは1日で満足し、翌日から本来の旅の目的へと駒を進めた。
国境巡りである。この日から、直接コンタクトを取り、信じられないほど厚遇してくれた
現地の旅行会社にお願いしたガイドとも合流することになっていた。

朝5時台の列車に乗り、北上してまずはアッコーという港街へ向かう。
そこから海岸線をさらに北上して北端のレバノン国境まで。
そこから東に路を取り、シリア・ヨルダン国境(というか領土…?)に近く
日本の自衛隊も17年もPKO活動に従事したゴラン高原へ向かう。
国境の旅の終着点はイスラエル最大の湖でありイエスキリストゆかりのガリラヤ湖。
水源をめぐりシリアと熾烈な戦いを極め、第三次中東戦争で制圧した地だ。

大事を取って暗いうちに着いたエルサレム・マルハ駅は、まだ開いていなかった。
警備員らしき人が駅に滑り込むのに、素知らぬ顔であとに続く。意外とザルである。
(なぜ出るのが大変で入るのが簡単なのか、わたしはいまだによくわからない。)
しかしもうあと15分で電車が来るという頃になっても、切符売り場が開かない。
乗客もおらず、いるのは制服に銃を抱えた軍関係者らしき人が数人。
財布を持って、激しく首を左右に振って周囲を見渡していたら、軍隊のお兄さんが
「どこ行くの?」と聞いて、自動券売機を操作してくれた。いい人だ。

豊かな草原地帯を見ながら夜明けを迎える。
8時17分、定刻にアッコー着。すでにガイドは着いていて、
「なんで待ち合わせ9時にしたの?」「電車遅れるかと思って…」という会話をする。
まず、アッコー発祥の地というところに連れて行かれた。
彼は歴史の詳しさに関しては、「観光ガイド」のレベルを超えていた。

地中海に面したアッコーは、十字軍時代には首都として本拠地機能した。
その後イスラム勢力に支配されたためアラブ人も住んでおり、ミナレットも建っている。
世界遺産にも登録されている旧市街の地下は、騎士団本部や病院、修道院だったところ。
浅瀬に浮かんでいるごつごつしたものは明らかに岩ではなく人工的。
聞けば、「テンプル騎士団」の要塞だった跡らしい。


(海中に見えるのは要塞跡。)


(十字軍の街。)

十字軍の街を出て、ヨットや漁船が所狭しと停泊するマリーナへ出た。
カシュルート(食事規制)もここではフリー。エビもイカも食べられる。
夏は一大観光地となるのだろう。


(アッコー マリーナ)

再び車に乗り込むと、透明な海を見ながら北上した。
国境から手前わずか10kmを切る場所にある地ナハリヤは、2006年のレバノン侵攻で
ヒズボッラーがカチューシャ砲を何百発と打ち込んできたという場所である。
そのナハリヤを過ぎ、海岸線沿いをさらに北上してイスラエルの最北端、レバノン国境へ向かう。

「戦場」というと、銃弾と人間の叫び声が響き渡る地獄絵図ばかりを想像するのは
それこそが、わたしが戦争を経験していない証拠なのだろう。
係争地からは人が消え、静寂に包まれ、この上ないほど豊かに自然が育つ。
わたしはこれから、そんな皮肉な光景を、何度も目にすることになる。

 
(美しい海岸線に、住民の姿は無い。)

紛争後も、直近でいうと2011年にも、レバノン南部からロケット弾の砲撃があった。
外務省安全HPには「イスラエルとレバノンとの国境付近に渡航・滞在を予定されている方は,
どのような目的であれ渡航を延期されるようお勧めします。」とあり、ここの訪問は回避する
予定だったのだが、日本でプランニングをしている際に行き先候補を聞かれ、「ローシュハニクラ」という著名な観光地を言うと、「なら問題無いだろう」と現地の旅行会社の担当者は言った。
そういう線引きは、わたしにはわからない。
とにかく、危険情報マップの「オレンジ色」領域に入ったことだけは、間違いなかった。
「あれが国境だよ」小高い丘と、赤と白の鉄塔に近づいていく。向こう側は、見えない。


(イスラエル-レバノン国境の丘)


(丘を登りきったところ。眼下は通ってきた道=イスラエル側。)

最高にいい天気だった。丘の上から、ロープウェイが出ている。
これに乗って、イスラエル版“青の洞窟”「ローシュハニクラ」の中へ。強風などで閉鎖されやすい上、数日前まではイスラエルは大嵐に見舞われていたというので、ラッキーだった。
さすがにここは外国人観光客ばかり。しかし待ち時間はゼロというくらいには少人数だった。


(ロープウェイで、洞窟へ向かう)


(ローシュハニクラ、青の洞窟)

一通り見学が終わると、すぐそこにある門の前に連れて行ってもらった。
「JERUSALEM205⇔BEIRUT120」という距離の表示。まさに国境だった。
「Quickly」と小声で言うので、危険なのだろうかと早々と後にしたが、
車に乗り込んでから、「ホントは写真、撮っちゃダメなんだよね」だそう。
とっとと撮れ、の意味だったらしい。


(国境ゲート。解放されていないので、通過することはできない。)

国境を背にして一路、今度はイスラエル東部へ横断していく。

つづく

2013/03/25 08:00 | ■イスラエル | No Comments

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