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2008/07/08

地球の舳先から vol.64
番外編

旅が終わる3日前。
わたしは3つ目の財布をつくる。

1つ目は持ち歩くための、小額紙幣と小銭だけが入る、
つまりは襲われて強奪されてもそこまで影響力のない財布。
2つ目は隠し金。トラベラーズチェックもクレジットカードも毛嫌いするわたしには
滞在中の大金(なのである、わたしにとっては)を現金で一元管理する必要があるのだ。
3つ目は、あるときはみやげ物屋で買った封筒だったり、布袋であったり
はたまたスーツケースのサイドポケットだったりする。

3つ目の財布に、わたしは旅の終わりが近づくと小銭をため始める。
ユーロが統一通貨になってもなお、コインだけは万国万様。
1枚ずつ、すべての種類を貯めることに躍起になる。
もちろんコインには流通の頻度というものがあって、
つまりはレアキャラが存在する。
レアキャラがでてきたときの感慨は、Jリーグ開幕当初にJリーグチップスを買ったら
ラモスのカードが出て泣いた、あの感じである。
ああ、ラモスに感化されるなんて、なんて馬鹿だったんだろうあの頃のわたしは。

そうして、貯めた以外のコインは、使い物にならなくなる。
銀行や両替所で他国の貨幣に変えてもらえるのは紙幣だけで、
コインはその国を出てしまえばただの鉄とか銀とかのカタマリでしかなくなる。
だからその3つ目の財布にキープしたコインをのぞいて、
ぎりぎりまで使いきってから、最後に空港で両替所に向かう。

年始のパリへ行ったときのわたしも、そうだった。
ワインをしこたま買い込み、その重さにちょっとだけ後悔しながら
あまった最後の小銭で、機内で食べるブルーチーズと小さなワインのボトルを買った。
それでも計算を間違えて残った小銭は、シャルルドゴール空港でなら1ドルと少しで買える、
大好きなプロヴァンスのコスメティックブランド「ロクシタン」の石鹸に消えた。

今回の旅もうまくやりきったぜ、と自己満足にひたりながら、出発ゲートへ向かったとき。
1枚の絵葉書が、わたしの目を捉えた。
エッフェル塔もなければ凱旋門も、海に浮かぶモンサンミッシェルもない。
ただ、雑草のようにたなびく草の絵葉書だった。
なぜか、わたしはそれを、ひどくパリらしい、と思った。

帰国してから、パリの風景がテレビで流れると、それがパリだと言われなくても
ひどく懐かしい感じがして涙さえ出る、ホームシックならぬパリシックに陥った。
あの感覚と近く、ちっともパリらしくなんてない1枚の写真が、わたしの足を止めさせた。

「パリへ行って来るといい」
おフランスなんて、と敬遠していたわたしにそう言ってくれた人に手土産を買っていないことを思い出した。
なぜか素直に従って、年末年始の超繁忙期のチケットを取ってしまった自分も。
結局わたしはリュックのポケットの、いちばん奥(だってもう出さないと思ってたから)から
フィルムケースを取り出して、50と書かれたコインを払ってその絵葉書を買った。

おかげで、いままでありとあらゆる手を尽くしてコンプリートしてきたコイン集めは
フランスなどというすごくメジャーな国の「よくあるコイン」だけ、抜けている。
絵葉書は、売れなくなったセットものをバラにして売ってあったもので、そのなかでも
まったく人気のなさそうな図柄だけを買う日本人を、妙な目つきで店員も見ていた。
ふつう、パリなんかで買ったら絵葉書1枚で平気で1ユーロ(いまや160円以上)取ったりする。
つまりそいつは、店の人も疎むくらい、売れ残っていたのだ。

「パリへ行って来るといい」
と言ったひとは、これパリっぽくない、とわたしが絵葉書を見せて言うと
「ブローニュかぁ」と、映画の『アメリ』で話題になったパリのある有名な森の名を言った。
その後小一時間、「わたしは全盛はパリジェンヌなのよぅ」と主張するわたしと
「知らぬ間にアメリで風景を叩き込まれていたんだ」というその人で論議を交わした。
ロマンティック一直線に浸っていた自分を映画ミーハーみたいに言われて、
わたしは「女は合理主義だ」なんて嘘っぱちだっていうか間逆だと思ったおぼえがある。

あのとき泣く泣く取り出した50セント分のコイン。
決して同じ国を2度訪れない(そんなことするなら他の国を見てみたい)わたしの後ろ髪を
もう1年も、引っ張りつづけているのはやっぱり、
あのときコンプリートできなかったコインコレクターの意地と、
50セントを一蹴された愛憎なのである。

2008/07/08 12:03 | ■パリ , ■パリ(2nd/2008), □番外編 | No Comments

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