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2008/03/04

地球の舳先から vol.55
モンゴル旅行記 vol.1(全5回)

1年半前の、夏。
フリーライターというかフリーターのような生活に終止符を打ち、
人生初の会社勤めを始めるにあたって、旅行に行こうと思った。
「社会人になったら、そうそう海外になんて行けないし」
と、心にもないことを口走りながら。

遠くて広いところへ行きたかった。
なんだか消えない窮屈さのなかから、飛びたかった。
そんなときに選んだディスティネーションは、短絡的にも「モンゴル」。
「よし、モンゴルで馬に乗ろう!」

行き先を決めるときなんて、いつもこのくらいのものだ。
今回ばっかりは、遺跡にも歴史にも興味がない。
わたしにしては珍しく、ウランバートルのマンホールチルドレン
(寒さをしのぐため、マンホールで共同生活する路上生活の子ども)にも関心が沸かなかった。
ただ、何もないところを、ひたすら馬で駆けたかった。
なんでそんなことを思ったのかわからないが、とにかく思い付きだ。
ちなみに馬に乗ったことはない。乗れるのかどうかもよくわからなかったが、
やっぱり、決めて10日もしないうちに日本を離れていた。

夜になってから到着した、首都ウランバートルから離れた山のなか。
カラフルなゲルが8つあるだけの、移動式宿泊所。
昼間は暑く、夜になると夏でもがっつり冷え込む。
何時間おきかに起きて、だんろに薪を足しながらでないととても寝てはいられない。

朝、くぐらないと出られない小さなゲルのドアを開けると、
日本では考えられない光量の朝日。
這い出して空を見上げたわたしは、「わあ」と思わず感嘆した。
というかそれ以外、ことばが出てこなかった。

空が、丸かったのである。

抜けに山以外何もないその地は、本当に何キロも先まで見渡せて、
山の緑と空の青、そして白い雲以外のものがない。
どこまででも見渡せる空は湾曲していて、わたしはそこで初めて地球が丸いことを知った。
そして、東京、いや日本では、視界がたえずどこかにぶつかってさえぎられるがゆえに、
世界の何百分の一しか見えていなかったのだということも初めて知った。

遠くから、現地の人が何頭もの馬を引き連れてすごいスピードで走ってくる。
彼を見ながら、わたしはまた不思議なものを発見した。
山の緑色のなかがところどころ、丸くて黒くなっているのである。
「なんだありゃ」わたしは英語を話すガイドをつかまえて、あれは何だと聞く。
人のよさそうなガイドは意味がわからなくて困り果てている。
わたしの英語力の問題か、と思いながら、ふと自分の立っている場所が黒くなった。
空を見上げる。わたしの頭上に、雲があった。

黒いものは、「雲の影」だったのである。
ほわんほわんと浮かぶ丸い雲の形に合わせて、
いくつもの丸い影が山に落ちていた。
いや、雲がただの丸い物体に見えるほど、空が広すぎるのだ。
雲の影なんてものも、生まれてはじめて見た。
そりゃ、ガイドに聞いても変な顔をされるはずである。

なんて狭っこい世界で、わたしは生きていたんだろうか。
届きそうもない空の下、初体験の連続に、わたしは感嘆するばかりだった。

つづく

2008/03/04 05:03 | ■モンゴル | No Comments

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