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2011/12/26

地球の舳先から vol.219
東北/被災地 定点 vol.6(全10回)

「震災前のコヤマ菓子店は、あそこにありました」
震災以前の写真のパネルを持ち、気楽会代表の小山さんはとある一角でそう言った。
指差した方向はほとんど更地で、残った周りの建物と震災前の写真を照らし合わせて想像するよりほかない。
店舗のあった建物は3階建てで、小山さんはあの瞬間、ちょうどカステラを作っていたという。
車の通れる道路は限られており、家の前は避難の車で渋滞になった。

すぐ近くの河北新報社ビルが1次避難所に設定されていたため、避難。
70人位の人たちが避難してきた中には、津波の水に濡れながらようやく上がってきた人もいた。
お年寄りも多く、動ける男性はほんの5~6人。
誰ともなく、バランスを考えて3つの班に分けて協力しての共同生活が始まった。

中の飲み物を得るために自動販売機を壊すことになった際には、
力のある男性陣が手近な椅子やゴルフのドライバーを使い必死になった。
電気も通らず、建物中を探して掛け時計から電池を拝借したり、
エタノールとティッシュでランタン代わりの灯かりを作ったり、
緊急事態用のロープは屋上の旗を立てるポールからとった。
「生きる知恵が、急に沸いてきた」と小山さんは振り返る。

 

建物が密集し、海面を見渡すにはほど遠い。
津波がどこまで迫っているのかわからず避難し遅れて呑まれてしまった人もいた。
日ごろから、地域の人とコミュニケーションを取ることの重要さが身にしみたという。

現在、コヤマ菓子店は場所を移して営業を再開している。
震災前に店舗があった地は、70センチも地盤沈下し、
下水管からなのか埋め立てた土地のルートからなのか、日々、浸水を繰り返している。
土地自体も、震災で東南東に48mもずれていた。
コンクリートを盛って埋め立てられているのは、まだ仮設道路部分のみ。
広範囲にわたるこの地一体の沈下部分を埋め立てるには膨大な予算が必要だ。
加えて、未来を見据えて埋め立てを行うのであれば、下水管などの整備もし、
それらを地下に埋めた状態でないと、土を盛るにも、盛れない。

津波があった区域には建築制限もかけられており、
住民や土地の所有者には、「とりあえず何もせずに待つ」以外の選択肢がないのだという。
しかしもう8ヶ月が過ぎているなかで、ひとつの指針も出てこず、人々は困惑を強めていた。

小山さんは、終始穏やかに気仙沼の町を一周し、
語るのもつらいはずの震災のことを細やかにわたしたちに説明してくれた。
心境を勝手に想像することはできない。
だが、見ず知らずの人間に気仙沼を案内することにしたその静かで強い意思を、わたしは確かに受け取った。
とてもじゃないけれどこの旅のことは書けない、と固く思ったわたしがこうして意思を翻しているのも、そのためである。


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