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地球の舳先から vol.215
東北/被災地 定点 vol.2(全10回)
このホテルをひと言で表現するなら、これしかない。
“心意気”。
南三陸町一番の規模を誇る、ホテル観洋。
避難所として機能し、いち早く営業を再開したことでも有名だ。
ホテルはわたしが想像したよりもずっと大規模で、
一歩ロビーへ入ると、きらきらに磨かれた大理石調の床が光る。
それもそのはず、すぐ脇には結婚式も出来るスペースがあるのだった。
幸いにも最上階である10階の角部屋をあてがわれ、お客さんが少ないのでは…などと思ったのも束の間。
もちろん震災を受けての視察団体などもあるだろうが、団体の宴会場も大変賑わっている。
エレベーターを降りると、夕暮れが迫る内湾が一望でき、
数えきれないほどのかもめが飛び回っていた。
部屋は和室にベッドが備えられた和洋室で、茶台にはお菓子とお茶、
おしぼりに、つめたい水がポットの中で氷とふれあう音がする。
さっそく、このホテルご自慢の海をのぞむ温泉へ。
温泉の暖簾をくぐると「やっぱり新しいから綺麗だね」という会話が聞こえた。
この温泉は、津波で壊滅的な被害を受け、全面的に新築されたのだ。
それでも、”あの”災害をもたらした海をのぞむこの場所に、元のように温泉をつくり直した。
温泉は、内湯に、温度の違う露天風呂がふたつ、そして海の見えるサウナ。
海側へ張り出した露天風呂は、海に浮かんでいるようでもあり、
ホテルの建物で波をせき止めているようでもあり、
津波があったあとで…と来る前は気後れもしたものだが、眺望のすばらしさにただ圧倒される。
ただし、湾を挟んだ向こう側の志津川地区には、数えるほどしか光がみえず、心持ち影を落としていた。
(右写真は 南三陸ホテル観洋公式HPより)
ホテル内の娯楽も盛りだくさんである。
ロビーには南三陸出身の画家の写真が展示され、
わたしが宿泊した日も、落語にピアノコンサートと目白押し。
かなり大きい売店は22時までやっていて、もちろん冷えた地酒もある。
何より驚いたのは食事だった。
港が大打撃を受け、流通も元通りにはほど遠いはずで、
まさか三陸の名産を味わうなどとは頭の片隅にもなかった。
ハンバーグとかナポリタンとか、周辺にお店もないし何か出してくれるだけで儲けもん。
と思っていたのだが、わたしは完全にこのホテルの底力をなめていたらしい。
まず、テーブルにセットされたお皿の数に驚き、次いでコース表に驚いた。
レストランの人は焼き物の蓋を持ちあげて「鮑は焼けてからバターを」と説明し
これでもかとウニの入った炊き込みご飯に火をつけて去って行った。
食前酒 梅酒
先付 秋刀魚の和え物
前菜 メカジキ照り焼き/鮪の卵の煮こごり/オクラ山葵漬け
酢物 万棒(マンボウ)と蛸の吸盤
御造り 鮪/メカジキ/カンパチ/帆立/アオリイカ/牡丹海老
焼物 鮑の踊り焼
鍋物 つみれ鍋
煮物 炊き合わせ ふかひれあん
洋皿 鰹のカルパッチョ
台の物 ずわい蟹
蒸し物 海鮮茶碗蒸し
食事 海鮮釜めし
汁椀 油麩と松藻
香の物、デザート 各2点
…ここまでくれば、こちら側まで背筋が伸びるような、ホテルの意地を感じる。
トーホクの美酒を味わい、部屋に帰る。
テレビをつけると、震度1でもテロップに地震速報が表示された。
ひと晩じゅう、波の音がしていたものの、それはおどろおどろしくもなければ「ざばーん」などと激しく打ち付けることもない、
さわさわと寄せては返す、静かな潮騒だった。
およそこの空間には、かの震災を思い起こさせるものがない。
美しいホテルとホスピタリティ、自然をのぞむ温泉に、贅を尽くした食事。
このホテルの中は、隔絶されたように”観光地”だった。
そこにはもちろん、街の復興を信じて、ホテルの復旧に全力を傾けてきた“人力”が存在する。
次回のコラムでは、そんな“人”のひとり――ホテル観洋スタッフの、渡邊陽介さんのお話を紹介する。
つづく
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