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2007/06/11

地球の舳先から vol.12

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北朝鮮旅行記vol.10(最終回)

最後の夜を明け、とうとう北朝鮮を去る朝がやってきた。
中国産の入浴剤を入れて、ちょっと見かけないくらい大きなバスタブにつかる。
テレビからは、日本のNHK-BSが流れてくる。

世界ってなんだろう。

詰め込まれる歴史も、価値観も、概念も、誰かに組み込まれたものなのだ。
「日本は戦争をした悪い国だ。アメリカが正してくれたんだ。」
徹底的に母国を否定されて育った私には、いまだに日本への意識が希薄だ。
前提が違いすぎる。

完璧な国なんてない。
日本だって、食糧もなければ石油もない。
その代わりに、テクノロジーを売り、システムを売っている。
ダメな戦争はした。
それでも今は、多くの国を援助している。

それはそれでいいのだ。
広い立場で考えれば、世の中はギブアンドテイクだし、結局は自国の利益追求が支えあいにつながる。
それは人権団体の語る「支えあい」よりもずっと現実的で、ずっと有益なものだ。

無言の圧力と説得力のある、平壌の町。

朝ごはんは質素だ。
素かゆに、のり、明太子、キムチ、
そこの川で獲ってきました? みたいな、怪しげな小魚。

空港まで、お世話になったリムジンが送ってくれる。
現地の旅行会社の、社長も送りに来た。
「あの金日成のバッヂは、皆さんつけているんですか?」
「…外国人…とくに日本の方には理解できないかもしれません。
 しかし私たちは本当に、主席を父と思い慕っているのです」
「…わかります」
私の言葉に、彼は少し驚いたようだった。
いや、もしかしたら心外だったのかもしれない。

軍人の、それは単に「数」の多さ、
部屋の明かりだけが空中に浮かんでいるかのような、夜の暗さ。
人々が彼について語るときの口調、一種独特な笑顔。
それらは私の心にでも頭にでもなく、目に焼きついている。

主張を捨てるくらいなら、電気も米も要らないと本気で思っている人が確かに存在する。
たとえそれが洗脳と呼ばれる種のものであったとしても、
私たちに彼らの「今」を犯す権利はない。人々はひたむきに生きている。

世界は、衝突し合わなければ存在し得ないのだろうか。
人と世界は互いに傷つけ合う、そんな「業」をあらかじめ持っているような気さえする。
他人に対する干渉など、本来必要もなければ権利もない。
憎みあわずには均衡を保てない、見えざる力を感じた。

それなのにここの人々や風景は、なぜか私に懐かしさと哀愁を思わせる。
それこそが、両国が良い関係を結ぶことはないだろうという感覚に変わる。

ルールさえ守れば、旅行者にとって危険な国ではなく
訪れればきっと、目と感覚でしか受け取れない「別世界」を感じるはずだ。

パスポートと携帯電話を返却してもらう。
出国審査を終え、空港から一歩出て外階段を降りるとき、
ふと胸に迫るものが涙を誘った。
ガイドたちとの別れの寂しさでも、この国を離れる悲しさでもなく。

振り返って、きっと最後になるであろう一言は、
韓国企業で働いていたからだろうか、「純血ですか?」と聞かれることさえ多かった、
「アンニョンハシムニカ」

2007/06/11 02:35 | ■北朝鮮 | No Comments

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