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2007/11/09

地球の舳先から vol.29

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インド旅行記 vol.6(全7回)

こちらは、午前中に通っていたシャンティダンという施設。
女性のみの施設で、ボランティアも女性のみ。
主にバングラディシュからの難民や、強制売春・人身売買(あるんです、未だに)から逃れてきた人、精神障害者、知的障害者、妊婦など。

妊婦と言っても、普通のお母さんのことではない。
望まれない妊娠の多いインドで、カトリックが人工中絶を禁止しているため、
マザーハウスでは病院に掛け合って中絶を希望する人がいたら
マザーハウスで育てるから産んで欲しいと頼んでいるのだ。
そうやって生むだけは生むと決めたものの満足な衛生・医療・産前産後の環境が整っていない人たちもここで生活する。

ちなみに日本にあるマザーテレサの施設もこれと似たような活動をしていて、
主に日本在住の外国人が出産をする手助けをしているそうだ。

ここの人たちは体は健康な人が多いので、だいたいのことは自分でできる。
洗濯、掃除、食事なども、たまに自力でできない人もいるのだが、
そういう人は施設の人たちが助けてあげてやっている。

ここでは精神障害のある人が多いため、話し相手になってあげるのが一番の仕事。
生活そのものを手伝うというよりも、ちゃんと渡した薬を飲んでいるかどうかの監視や、
だいたいの人が文字を理解しないのでアルファベットのゲームで遊んだり絵を描いたりする。
人々は本当に懐っこく、毎朝行くと赤い花をくれたり、私の足に額をつけてお祈りをしてくれたりするし、
掃除や洗濯を手伝ってあげるよりも、髪を結ってあげたり爪を磨いてあげたりするほうが喜ばれるのだ。
どんな状況にあっても、やはり女性は女性。
だから逆に、マニキュアや石鹸などを巡った争いが絶えなかったりもする。

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コルカタの中心街から離れていることもあり、ボランティアも少なく、私の滞在中は4人だった。
毎朝施設に行くとあっという間に10人くらいの女性に取り囲まれ、
わからない言葉で話しかけられてここでもやはりわからない言葉で返しつつ、
だいたい手を引かれて施設内を散歩しながら1日が始まる。

一軒家のDAYADANに比べここの敷地は非常に広大。
何十棟もの建物に池、舗装された道路、公園、病院とひとつの町を形成している。
平和は平和だが、もと難民のお母さんの中には一日中外を見つめて
口を開けば交通手段のことや地名の話しかしない人もいる。
家族のいる地をずっと思っているのだろう。
確実に潜む闇が、そこにはある。

ここでは、最近シスターに昇格したばかりの方とも話をした。
シスターは、見習いから初めて、だいたい8~10年で一人前。
マザーテレサの修道会のサリーは青い3本線の入ったもので、見習い生たちの憧れなのだという。
シスターになれば当然家族とも友達とも会えない。
持ち物も、洗い替えのサリーと洗面器ひとつ。
しかし今でも、シスター志願者はほとんどが中流階級以上のお嬢さんなのだそうだ。
裕福なのに、なんでなんだろう、とわたしが言うと、彼女は考えて、言った。
「純粋なんだと思う。汚い世界を知らないから、尚更」

2007/11/09 09:06 | ■インド | No Comments

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