Home > ■日本‐3.11後の東北

2014/07/01

地球の舳先から vol.326
東北(2014)編 vol.2

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緑の中を走るJR大船渡線。1時間ちょっとで一ノ関から気仙沼へ着く。
首尾よく一ノ関駅でご当地ビールを買い、2両の列車に乗り込む。(まだ朝だけど)
美しい季節だった。

こりゃ、チャリの漕ぎ甲斐もあるというもの。
とかく東北では致命的な「クルマの運転ができない」という問題も
駅前の観光協会でレンタサイクルを発見してからは問題にならなくなった。
しかし、ホヤぼーやの主張が強すぎて、停車するたびに人に話しかけられる。
ママチャリ(とはいえ7段ギア付!)は1日500円。電動アシストは700円。

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まずは坂を下って新城方面へ。茂木さんの味屋酒店も1年ぶりだった。
その間にこのあたりには、コンビニができ、ホテルができ、ユニクロが建った。
仮設のお店は5年契約、残りあと2年となったが、仮設店舗もタダではない。
「ここにいてもお金はかかるし、だったらどこへ行ってもいい。
かつての場所で、という人もいるけど、自分で決めて、自分を信じるしかない」
夏場限定だという「水鳥記」という日本酒を購入し、のっけから荷物重量が倍に。

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そのままぐるりと大通りを回り込んで、田中・田谷地区へ。
田谷で再開した「ゆう寿司」で、夏限定の生うに丼を食べる。
のっている量だけでも凄いのに、ご飯の間にうにの層が挟まっていた。

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すぐ近くのコヤマ菓子店へ向かい、「気仙沼気楽会」リーダーの小山さんのパティシエ姿を拝む。
普段、観光ツアーのアテンドをしている小山さんしか見たことがないので、新鮮。
以前来た時もお店はできていたのだが丁度定休日だったのだ。
手際よくお菓子を包装してくれる。オリジナルの包装紙も可愛い。
旧店のあたりはかさ上げが始まったということだが、盛土の完成が平成30年目途とのこと。
平成32年の東京オリンピックモードが湧き始めた首都を、いやでも思い起こす。

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お次は、仮設店舗で元気に営業中のアンカーコーヒー。
ここへ着く頃には、わずか数時間でわたしの荷物は3倍ほどに膨れ上がっており
またアンカーコーヒーで大量にドリップコーヒーを買い出した。
フローズンマンゴーにも惹かれたけれども、暑かったのでアイスコーヒー L。
気仙沼は魚や酒だけじゃないのだ。
コーヒーも、クリームパンも美味い。
で、どんどん財布からお札が消えてゆく。おそろしいところである。

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さて内陸をひととおり周り、海側へ出る。
津波と火災の被害が甚大だった鹿折も、
かさ上げ真っ最中の大規模工事が行われていた。
もう、あの大きな船がどこにあったのかも、距離感すらわからなくなる平地。
当然、建築制限がかかるのだろう。重機ばかりが目に入る「その後」は
まだ想像もつかなかった。

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2014/06/27

地球の舳先から vol.325
東北(2014)編 vol.1

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「ボランティアか何かで?」
「いえ、観光で!」
慌しく仙台で駆け込んだ鮨屋で、もう何度目にもなるそんな会話をした。
「観光で来た」と、わたしはあえていつも言っている。

最初は、「被災地」という言葉の重みに勝手にやられて、東北へ行くこと自体が
不謹慎なことだと思っていたし、たぶんそれはそれで間違ってはいなかったと思う。
自分になにができるのか、あのころ多くの人がそうだったように、もちろん考えた。
しかし結局のところ、諦めた。
想像を絶する体験をした人に、わたしがしてあげられることなどなかった。
そんな特殊能力を、自分が持ち合わせていないことについて、くよくよしないことにした。

震災後に観光情報誌を見て「観光で」行った気仙沼で、わたしが出会ったのは、
山、海、美味しい料理とお酒に、温泉。そして何より、親切な人たち。
気取ったどこかの西の方の観光地より、そこにはよほど日本の美があった。
JAPANESE BEAUTY、トーホク。

復興支援なんて仰々しいことを考えなくても
行って楽しんで来れば、それでいい。
そして毎年、気仙沼に行こう。そういうことにした。

でも、今回で私の旅行人としての気仙沼訪問は最後になりそうだった。

飽きたわけではない。
そろそろ、「何かする」時期に、来たらしかった。
いいことを、思いついてしまったのだ。帰りの新幹線の中で。
普通に考えれば不可能そうだけど、そこはたぶん、やるかやらないかだけの話。

ひとつ、ステージが変わったのがわかった。
これもまた、運命。
旅のノートに、東京へ帰ったらやることのリストを綴った。
山形ワインを飲みながら。

4度目の東北。
気仙沼、南三陸、女川、雄勝を回って東京へ向かって仙台を出たその日、
6月22日は、あの日からちょうど1200日だった。

さて、そろそろ
いや、今度こそわたしも、前へ。

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