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2010/10/01

地球の舳先から vol.189
パリ(2010)編 vol.9

今回のエントリは、情報用。
こういうガイドブック的なことはJunkStageではしたくないのだが、備忘録的に。

わたしが滞在中、何を食べていたかというと、基本的に“そうめん”である。
もともと、食にさほど情熱を燃やすタイプではないこともあり、旅に出ても名物や雰囲気重視。
今回のアパルトマンはIHコンロだったのと、前回自炊を試みて食材と調味料を買い込みすぎ
スーパーへ行くたびに60ユーロくらい使ってまるで節約にならなかったので、今回は自炊を自粛。
だが、夏の間にあまったそうめん束を持って行って、スープにぶっ込んで生き延びた。

そうめん以外に外食をしたのは昼夜各2回ずつ、計4回あったので、そのことを書いておく。
ということは1週間×3食のうち、4回以外は全部そうめんだったのか…。

★Leon(ムール貝専門店) ※ランチ利用
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前回滞在でも行ったチェーン店。バケツいっぱいのムール貝を食べられる店。
トマトソース、ロックフォールなど、煮込むスープの味が選べます。グラタンも美味しそうだった。
セットはこれに前菜が選べるが、おそらく単品で量的に十分。
今回はオペラ座近くの店に行ったが、店によってだいぶクオリティが違うという噂。
確かに前回行ったサン・ジェルマンの店のほうがおいしかった。
とはいえ、割とどこにでもあるので便利なのだが、値上がりしていてお得感はあまりない。
昼間のセットで19ユーロ、アラカルトはムール貝15ユーロから。昼でも夜でもおなじ。

★Chartier(大衆食堂) ※ディナー利用
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毎日行列。わたしも並んでいたら日本人観光客の方に「ここ何なんですか?」と聞かれた。
安くて美味くて雰囲気もいい、大好きなレストラン…というよりは食堂。
1人で行っても、4人席の3人グループとかと容赦なく相席させられるのでその辺気にしない人に。
肉料理が美味しい。くっちゃべってると堅くなるのでとっとと豪快に食らいましょう。
前菜は2ユーロから。ディナーで前菜+メイン+ワインで20ユーロ切ってくる価格帯はうれしい。
映画の撮影にも使われたレトロな店内、注文はテーブルクロスに直書きし、会計はそこで筆算!
エスカルゴ6.5ユーロ、メインのラムステーキ11.20ユーロ、ワインは25clのカラフェが2ユーロ。
ロゼのカラフェを頼んだら、じぃっとにっこり見つめられました(笑)そのココロは謎。

★Le petit nisois(南仏料理) ※ディナー利用
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初めて入ったニース系料理屋さん。場所はアンヴァリッドの近く。ここは魚介が絶対おすすめ。
本当に美味しい。生鰯のカルパッチョ、厚切りでぷりっぷり。あんなイワシ初めて。
ここの名物は本格ブイヤベース。貝やカニ、エビと格闘します。
要予約。ウェイティングの習慣がないようで、満席だとお断りされます。
(わたしは開店直後に行ったので、最後の非予約席をゲットした。)
コースのみだけど前菜+メインで31ユーロ。ブイヤベースは+13ユーロ。
標準料金内で、魚介が3種のみのプチブイヤベースもある。ワインは25mlカラフェで約9ユーロ。

★Hotel Costes(カフェ) ※ランチ利用
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ホテルコスト1階のカフェ。わたしのお気に入り。コストについてはもう何回も書いてるから割愛。
異様に高いのがブレックファースト32ユーロ。(でもパンとフルーツヨーグルトと飲み物だけ)
12時を過ぎるとレギュラーメニュー。オムレツ18ユーロ、エスカルゴ20ユーロ、舌平目51ユーロ。
日本の中~高級シティホテルと同等の物価かな。コーヒー紅茶は8ユーロから。
ケーキも美味しい。ミルフィーユ、チーズケーキ、ガトーショコラなど。ワインはグラスで10ユーロ~
写真は今回トライしてきたクラブサンドイッチ22ユーロ。香草がきいてて美味しい。

シャルティエ、プティ・ニソワは、とってもおすすめです。
安くも高くも楽しめるパリ、ご旅行の際にはぜひお気に入りを見つけてください。

2010/09/30

地球の舳先から vol.188
パリ(2010)編 vol.8

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最後の晩には、船に乗ってセーヌ川沿いを見おさめる。
何度乗っても飽きない、うつくしい世界遺産の連続。

この日は朝からオールド・パリを満喫していた。
中心部北端のクリニャンクールの蚤の市へも行ってきた。
アンティーク家具や絵画、雑貨などはもちろん、どこから集めてくるのか
家の前での家族写真(一般人)とか、恋人にあてた手紙(切手、消印、宛名入りで配達済のもの)
なども、がらくたのように段ボール箱にがさっと入って1ユーロとかで売っている。
とくに興味を持ったのは昔の広告シリーズ。アルファロメオやバーバリーなどの昔の広告が
テキスタイルやポスター、ポストカードなどになっているのだった。

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最終日ともなると、脳が現実への順応をはじめるものらしい。

夕立のあとの秋晴れを4キロくらい散歩。最後の夜はクルーズと相場が決まっている。
といっても、豪華客船とかではなく、セーヌを往復するだけの小さな観光船だ。
いつか、マキシム・ド・パリの出しているディナークルーズ船にくらい、乗ってみたいものだが。
ムーラン・ルージュと並んで、まだ実現できていないパリの高級名物。

エッフェル塔の足元から出発して、サン・ルイ島を折り返してくる約1時間の航路は
日の入り時間を見極めて、行きは夕景、帰りは夜景を楽しめるといい。
セーヌは夜が絶対にうつくしい。

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もしわたしが、「パリにいられるのが1日だけだとしたらどこへ行くべきか」と言われたら
午前中に画家たちの愛したモンマルトルの丘へケーブルカーでのぼってパリの景色を一望し
オペラ・ガルニエとシャンゼリゼを回って夜はクルーズで閉じるべし、と答えるだろう。
エッフェル塔、ナポレオンの墓のあるアンヴァリッド、巨大博物館のグラン・パレに
ルーブル美術館、オルセー美術館、マリーアントワネットが収監されていたコンシェルジュリー、
ノートルダム大聖堂、自由の女神像…とパリの名物を1時間でおさえられるのだから、お得感がある。
しかも、バトー・ムーシュなら10ユーロ。
ただし川に面していない、凱旋門とルーブル美術館中庭のピラミッドは見えないので、要注意。

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気温はすこし回復したものの、出歩くには肌寒い。
それでも航路の半分は、透明ガラスに覆われた屋内座席ではなくテラスに居た。

不思議なもので、パリの最終日は「帰りたくないぃぃぃ」となることがあまり無いのである。
「また来る!」とは思っているが、はやく日本に帰りたい、という気持ちが強くなっている。
転機のたびにここにきているのと(そう決めているわけではないのだが、結果的にそうなっている)、
ある程度滞在時間を取っているので、日本に帰ったらあれしてこれして、という妄想が膨らむせいもある。

つくづく、帰るために旅に出るのだと実感するのがパリだ。
会いたい人と、好きな仕事と、やりたいことがたくさんある大好きな東京は、もうすぐそこ。

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おしまい。

2010/09/29

地球の舳先から vol.187
パリ(2010)編 vol.7

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毎回、どうしたって最終日というものはやってくるのだ。
やることは決まっている。朝はともかくとして、午後には
サントノーレ通りのホテル・コストで長いお茶をして、夜には船から夜景を見おさめる。

ただ、すこしだけ迷いもあった。
というのも数日前コストへ来た時、12ユーロもするパンケーキは片側が完全に焦げていて
8ユーロの紅茶のポットのお湯はぬるま湯でお茶が出やしなかった。
つい数年前まで、カメラぶら下げてたり、お洒落じゃない恰好をしていると「Non」と入場拒否していたドアマンの2mくらいあるギャルソンは、通路のガードレールに腰かけてくっちゃべっている。
席で書き物をしていたらどこからか手もとのランプの明るさをあげてくれた中庭に面したカフェは
従業員数も客数もさほど変わっていないのにウェイターを呼び止めるのにすらひと苦労する始末。
かわらないものがあるパリ、が好きでも、時の流れには逆らえないのか。

それだけではなく、2年ぶりのパリはなぜかよそよそしかった。
ムフタールでシャンソンを歌うおじいちゃんも、マレのバレエの先生の妙な日本語と独唱も
この現代に投げ銭のコップひとつで車両を移動していくメトロのファゴット吹きも
あの頃愛したパリの光景はまだ、いくつもここにあるのに
それでもこに溶けられないでいる自分の違和感をさがしていた。
自分を覆っていた幾層もの琴線の膜のうちのひとつが、すっぽりなくなってしまったようだった。

ノーチェックでコストへ入り、重い扉を引いて、カフェへ。
夏はテラス席になる中庭は、冬になると巨大な真っ赤なクリスマスツリーが出現する。
冷風でしなびた、靴のなかの指先をあたためようと、奥のほうの席にすわる。
なんだか見える光景が違っていて、偶然、4年前はじめて来たときと同じ席だったことに気づく。
あたたかく気配を消して寄ってくるギャルソンの運んできた、数日前と同じオーダーの紅茶は
カップまで暖められて、ポットと別にもう1ポット分のお湯が運ばれてきた。まるで別物。
砂糖の脇に添えられた、角砂糖とおなじ大きさの、立方体のサイコロみたいなダークチョコレート。
ここのところ、体がアルコールを受け付けないという異常体質になっていたのだが、
ワインリストからグラスの赤を1杯、追加した。

むかしと違ってガイドブックにも載るようになったし、
ここのラウンジのコンピレーションCDはAmazonでも買えるようになったけれど
外界から隔絶されたホテル・コストは、いまもまだそこにあった。
琴線の膜がひとつなくなったのではなく、封印していたのはわたしのほうだったのかもしれない。
そういえば元々パリは、わたしが愛した街ではなくて、わたしの愛した人が愛した街だったのだ。
記憶なんていいように編集されているもので、思い出すべきことが、ここにはいっぱいあった。

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じりじりと自分のなかの凝った部分を溶かしながら、3時間半、長居をして、外へ出る。
ほぼ1週間ぶりに見る青空を、オレンジの光をまっすぐ放つ太陽が沈めようとしていた。
久しぶりの、そして一瞬の晴天。頑なさが抜けると、見える景色もまるで違っていた。
うつくしくて、なつかしいパリが、目のなかに戻ってくる。
ルーブルの隣、チュイルリー公園を歩くと、足元の砂がさっきやんだらしい雨に濡れていた。
『プラダを着た悪魔』のラストシーンでアン・ハサウェイが携帯電話を投げ捨てたコンコルド広場の噴水からエッフェル塔を見上げ、紅葉の落ちるシャンゼリゼ通りに沿って、船着き場へ向かう。

対岸の過去と、いま、ここにある事実。
そのふたつを架ける橋が、わたしにとってはこの街で、
だからこういうタイミングでパリに来たくなるのかもしれない、と思った。

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最終回へつづく。

2010/09/28

地球の舳先から vol.186
パリ(2010)編 vol.6

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わたしのアパルトマンは、Passy地区。
といって、セーヌ川を挟んでエッフェル塔の反対側。
に、左右に半円状に広がる、パリ万博の会場跡である「シャイヨー宮」がある、その近く。

このシャイヨー宮、万博でもW杯でも終ったあとが処遇に困るのが常であるので、
何に使ってるのかしら、と思ったら、いろいろあるんだけれどその中に水族館もあるという。
しかも、その水族館は「Cineaqua」という名前で、映画館と水族館が合体したという触れ込み。
おまけに水族館が自称している自らのキャッチコピーが「ただの水族館ではない」。

わたしはもうすこし数学ができれば海獣のお医者さんになるのが小さい頃の夢で
あきらめきれずに大学時代、某水族館でアルバイトとかをしていたりしたので、
これはいっちょ、パリの水族館なるものを体験して、こばやしさん に自慢せねばということで
スタコラ(いや、雨が降っていたので、メトロの駅からほぼ全力疾走で)行ってきた。

入場料、19.50ユーロ。高っっっ
でも、中に入ってみれば納得、のクオリティ。
結構おもしろかった、というか、すごく工夫を凝らした水族館だったので、レポート。

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▲まずは入り口。よくある展示形式ですね。万国共通?
右の写真は、「La seine」というセーヌ川とおなじ名前の魚。
残念ながらすべて解説がフランス語なので、詳しいことはわからない。

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▲エイにシャークの大水槽と、小水槽に青いデカいエビ?、イソギンチャク、カニ、など。
哺乳類こそいないが、結構な規模だ。
(わたしは水族館のイルカペンギン至上主義が気に入らない派)

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▲中に映画館がほんとうにあった。部屋になっておらず、オープンスペースにある。
新作映画をやっているわけではなく、海に関係のある作品を上映。アニメもある。
わたしが行った時は、『ル・グランブルー』をやっていた。
映画ハシゴしてたら、一日つぶせるかも。すごい人の入りである。

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▲なんかタマゴのなかでうごめく魚のコドモらしきものを発見。
神秘的といえなくもないがキモい。コウモリかエイリアンにしか思えない。

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▲そしてまさかのポニョ・コーナー。
まぁ、フランス人、日本アニメ大好きだから…。
とはいえ魚以外の展示モノでは一番広いスペースを取っていた…
映像だけ(音なし)の上映と、原画らしきもの何点か、あとポニョの模型とか…謎。
この奥に、宮崎監督絶対非公認だと思われるヤバいものもあったんだけど、ここでは自粛。

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▲こちらも結構扱いの大きかった『Long John Silver』コーナー。
作者のCineaquaさんへのサインつきの描き下ろしイラストと、写真が何点か。

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▲最後のほうには、お子さまコーナー。
左はよくある低い水槽なんだけど、魚いるけど手突っ込んでいいらしい。。。
右がアイディア商品!これ、影絵のようにして床に投影されているのだが、
藻にみたてたものが波のようにゆらゆら動き、その間を魚が猛スピードで動くのである。
で、お子さまたちはそれをつかまえようと阿鼻叫喚。という図である。

ほかにも、水族館の様々な活動、たとえばサメの輸送ドキュメンタリーとかが上映されていて
これがなかなかに面白い。麻酔を打ったサメを起こすところとか、ちょっと感動する。

中には使途不明のスタジオもあり、「Cineaqua」の意味が判明した。
「ただの水族館だと思うなよ」もとても正しいとおもう。
いつも、こばやしさんのコラムで、展示の手法や工夫の大変さについて感じていたが
やはり水槽にぶっこんだ魚を置いておくだけではエンタメにあらず、ということなのだろうか。

出口へ行く順路で、パパと大喧嘩して踊り場で分かれ、激怒しているママの
ベビーカーを階段(上り)で運ぶのを手伝った。
フランス人は激しい。

あしたへつづく。

2010/09/27

地球の舳先から vol.185
パリ(2010)編 vol.5

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パリの日曜日は、静か。
なんせ、一部業種を除いて日曜は営業しちゃいけません、という法律があるものだから
デパートからスーパーから、軒並み閉まる。(だから土曜日は買い出し日。)
パリに飽きていたら、日帰りでブリュッセルあたりに行こうかと思っていたけれど。

パリを出る気が起きるわけもなく、朝から踊りに行ったあと、
ふらふらと、ちょっとお世話になっているフランスの会社の店舗巡りをしてみたり。
すると、ムフタール通りという、昔ながらの庶民的な街の市場の方から何やら楽器の音が。
ブランジュリーで買ったパンを片手に音のするほうへ行ってみると、青空シャンソニエに遭遇。
これは20年以上も続いている日曜日のムフタール広場の名物で、
おもにおじいちゃんおばあちゃんたちが歌ったり演奏したりしている雰囲気ある青空ライブ。
もはや年齢不詳のおじいちゃんがアコーディオンを抱え、にこにこした顔のまま皺が刻まれちゃったような顔でシブく演奏している姿は、最高にカッコイイ。
今ではこのあたりの名物だけど、昔は警官との追っかけっこだったんだって。

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おばあちゃんに歌詞カードを渡され、一緒になって歌う地元の人々たち。
楽器を離して観客の手を取り踊りだす人と、それにつられ奥さんとゆっくり静かに踊る夫婦。
わたしの隣のおじいちゃんは、超カタコトの英語で一生懸命歌の説明をしてくれようとする。

なんか日曜から、いいもの見てしまった。パリにいてよかった。

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しかし、寒い。
初日、パリ入りしたときは26度あった気温はここ数日でがっくり下がり、この日は昼間から13度。
からっとしてるからそこまで堪える寒さではないんだけれど、こっちに着いてから買ったH&Mの
セーター1枚ではツラくなってきた。が、今日は日曜日なので服も買えないという…
そして毎日、午後2時くらいと、夜の9時か10時くらいにかならず雨が降る。
タイムテーブルを組んでがっつり行動する旅行のように切羽詰まっていないので、雨もいいもの。

セーヌは何度も行ったので、おさんぽに最適とパリの子に聞いていたサン・マルタン運河へ。
セーヌと北の運河を結ぶために作った人工の運河。
映画『アメリ』でアメリが石投げて水切りしてた川、といえば分かる方もいるかも。

おさんぽ…をする予定だったのだが、あまりに寒いのと雨なので、クルーズ船に乗ることにした。
たおやかな木のトンネルはところどころ紅葉が始まっていて、きれい。
いくつも水門があり、ひとつずつ閉じては排水し、高度を下げながら進んでいく、不思議な行路。
長いトンネルの間は、ちょっとしたテーマパークの乗り物みたいだった。
川べりも、中心部とはまた違った瀟洒な雑貨屋があったと思えば、ところどころホームレス区域や
あきらかに治安の悪さを空気で放っているところもあって、雑多。

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と、キャッキャしていたのも最初のうち、途中でセーヌに合流してルーブルの川を挟んで反対側の
オルセー美術館まで行く全部で2時間半のクルーズのうち、
暖房の効いた隅っこの席を確保したわたしは、キモチよくウトウトウト。。。。。
やっぱり寝落ちはできないんだけど、こういうウトウトなら心地よく。

脇道それたパリの日曜日が、すこしずつ暮れていきました。

今日のできごとは2回に分けます。というわけでつづく。

2010/09/26

地球の舳先から vol.184
パリ(2010)編 vol.4

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週末が始まった。今日はすこし遅起き。
土曜日にもなると、メトロの地下通路には様々なアーティストが現れる。
アコーディオンにホルン吹き、5人組のブラスバンドから、
マイクとスピーカーを列車のなかにまで持ち込んで歌う人も。
路上パフォーマンスは日本でもよく見る光景だが、このメトロの路上アーティストは定期的に
オーディションが行われているのだそうだ。(むろん、無認可も多いが。)
とにかく、ヘタなのはいないので、美しいBGMで移動ができてトクした気分。

まずはオペラ・ガルニエ(オペラ座)へ向かう途中のレペットというバレエ用品店へ。
もとはローラン・プティという天才振付家のお母さんが始めた店なのだが、
婦人靴に手を出したらこれが大ブレイク。今となっては靴屋同然で連日女性でにぎわっている。
はじめてポワント(トゥシューズ)を買ったお店なのに、もはやバレエ用品はあまりない。

そして目と鼻の先のパリ・オペラ座、ガルニエへ。
日本からこの日の公演のチケットを押さえておいた。座席指定まで完璧にできたオンラインシステムな割に、発券は非常にアナログで、初日に泊まったホテルに郵送で送られていた…
早めに行ったのはわけがある。
ナポレオン3世時代からの歴史を持つガルニエは、その建築と内部装飾で見学だけでも価値があるのだが公演の日は一般観光客は立ち入れない。舞台の観客のための貸し切り状態となる。
先頭を狙って入場すると、2階の広間に直行し、4年ぶりにその姿を目にした。
筆舌には尽くしがたい。息を呑むほどの絢爛さ。

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さて、肝心の公演といえば、わたしはトラディショナルバレエ(シンデレラとかパキータとか)
が見たかったのだが、ちょうどこの時期はモダンバレエの公演期間だった。
とはいえ最近のパリ・オペラ座はモダンやコンテンポラリーへの執着がすごいという噂。
「ローラン・プティ」と銘打ち、その3作品が上演された。技巧はさすがである。
バレエダンサーの踊るコンテンポラリーを見てしまうと、コンテンポラリー専門のダンサーとはやはり比にならないくらいの身体のつくりこみかただなあ、と思う。
オペラ座の団員ダンサーは、定年40歳の国家公務員。このへんも、さすがの土壌だ。
帰りに売店で、3月に控えている舞台の勉強になればと、スワンレイクのDVDを購入。

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(舞台の天井壁画はシャガール。ちょっとかわいい。)

この日はこのあと、近くのブラッセリーで外食する予定でいたのだが、
すっかり踊りたくなってしまってまたマレのダンスセンターへ行く。
「ビゼー」とか「モーツァルト」とか1つ1つのスタジオに音楽家の名前がついているのだが
中では柔道着まとったマッチョなオッサンとか、ヘイヨーな感じのヒップホップだったり。
でも中庭に面した一番大きいスタジオはクラシックバレエ、と決まっているらしい。

そこでようやく、フレデリック先生と再開。
2年前いたときにほぼ毎日通っていた先生。というのもバカンス期だったので、センターにはフレデリック先生くらいしか残っていなかったのだ…
相変わらず、ピアノに合わせて真剣に熱唱するためピアニストもメジャーでノリのいい曲を選び、結果、生徒も鼻歌うたいながらやるという。
なんかのびのびしちゃって、いつもより軸がブレなかった。
そしてなにか注意をするときは「ウィー、ムッシュ!」って合唱させるのがお好きのようで(笑)
昨日受けたオペラ座の先生の、指揮者みたいな荘厳さじゃなく、まさに楽しい音楽の時間♪という感じ。笑いの絶えない空気に、すっかり楽しんできてしまった。

カラダもすっきりしたところでスタジオを出ると、そこらへんじゅうの建物がビリビリ震えているくらい響く重低音が。「と、倒壊する…」とちょっと本気で心配しつつ音のするほうへ行くと
オテル・ドゥ・ヴィル(パリ市庁舎)の広場で野外コンサートをしていた。
この建物背負ってDJ付きのクラブミュージックですか…?と思いきや、すっかり溶け込んでいる。
この呑み込み方が、パリらしいというか。

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そのまま帰ればいいものを、地図をぼーっと眺めていたら聞き覚えのある単語を発見。
「Folies Bergere」
わたしもすごく好きな映画『NINE』で、映画監督の主人公グイドのよき友人であり、ジュディ・デンチ演じた衣装係が若かりし頃修業したのがパリの「フォーリー・ベルジェール」…
設定かと思っていたので実在するとは思っておらず。どうしても気になって見に行ってきた。
寒空の下、かつてパリのナイトシーンの栄華を極めたのであろうその建物は古く、
いくつかポスターは貼ってあるものの光が灯っておらず、ひと気もなかった。
しかしまわりの建物に照らされてその巨大さと存在感は群を抜いて堂々と鎮座している。

ムーランルージュでロートレックが夜な夜な描いていた
フレンチ・カンカンの絵が最初の広告美術といわれたように、
パリの長い歴史、そのなかで交差してきた文化と営利と(ときにアングラな)場所というものが
こうしてこの街には至るところに存在して、遺産になったり復活したりしていくんだろう。

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夜のメトロには、また音楽があった。
ゲージュツ、なんて高尚なモノじゃなくて、
気づかなくてもあるし、気づけばそこにあるもの。

あしたへつづく。

2010/09/25

地球の舳先から vol.183
パリ(2010)編 vol.3

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朝9時。マレ地区にあるダンスセンター。
テアトロといくつものスタジオをもつコの字型の建物の中庭はカフェになっていて、2階のクラシックバレエのレッスン風景とピアノの音でお茶をするという日本ではまず考えられない光景。
ホースで水まきをする清掃担当に、大きな犬が4匹。
階段を2段とばしで上がる。更衣室は男女一緒なのも、パリの文化か。
午前中から、生ピアノの演奏で広いスタジオでおっきく踊れる。

前滞在したときに、約1カ月毎日通っていたこともあり、迷わず来ることができた。
レッスンに流れがある。
それはよくあるように、この音でプリエをやって、この音でタンデュをやって…というような
体操じみたものでもなくて、ピアニストとマエストロの絶妙なコンビネーションで
第一楽章の第一番から音楽をつないでいくような緩急とストーリー。
思わず乗せられちゃって、なんかダイナミックに90分が幕を閉じる。
センセが「じゃ、今日はここまで」って言うと、みんなから歓声と拍手が起きるくらい。

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(マレ地区のダンスセンター。パリのバレエスタジオの情報はこちらをどうぞ)

日本で日々、舞台に向けて猛烈な精神葛藤とストイックな振り入れの毎日を送っていたので
ああ、バレエとはやっぱりこうでなくちゃなんだけどなぁ、とか思う。

明日はオペラ・ガルニエのモダンバレエ公演のチケットを取ってあるのだが、
わたしにとってパリのバレエというと「パリの炎」と「ノートルダム・ド・パリ」の2本。
「白鳥の湖」も「くるみ割り人形」も、なんかあっち(ロシア方面)のものな気がしてしまう。
とくに群舞なんか、ロシアとかキューバとかの共産圏のほうが軍隊じみててぴったり揃う。
個性を大事にしてひとりひとり体の使い方が違って当たり前です、なパリオペラ座の
「ジゼル」のコール・ドなんて、はちゃめちゃにいろんな方向むいてましたから。
ま、一時期世界でもっとも美しいコール・ドといわれたのは東京バレエ団だったりするのですが。
そんなわけで、ディズニー映画にもなったので知ってる方も多いかと思いますが、おさらい。

「ノートルダム・ド・パリ」
舞台は荒んだ15世紀のパリ。教会の持つ権限が、弾圧と排除を生み出す時代の物語。
ノートルダム大聖堂の前に捨てられた醜い赤ん坊は大聖堂の副司教、フロロに拾われ、
カジモドという名をもらう。彼は成長し、ノートルダムの鐘つきとなる。
パリにやって来た美しいジプシーの踊り子エスメラルダに心奪われたフロロは、
カジモドを使ってエスメラルダを誘拐しようとする。
カジモドは捕らえられ、エスメラルダは衛兵フェビュスに恋するがフェビュスは婚約者がいる。
捕らえられたカジモドは広場でさらし者になるが、ただ一人エスメラルダだけは彼をかばう。
カジモドは彼女に恋をし、フロロも彼女に想いを募らせるが、エスメラルダの心はフェビュスに。
フロロは逢引をしに行くフェビュスを刺して逃げる。エスメラルダは濡れ衣で死刑を言い渡される。
カジモドはエスメラルダを救いノートルダム大聖堂にかくまう。
しかし、エスメラルダはカジモドのあまりの醜さにまともに顔を見ることすらできなかった。
フロロはパリの暴動の矛先をノートルダム大聖堂に向けさせ、混乱の中エスメラルダを連れ出し、
助命と引き換えに愛人になるよう迫るが、彼女はフェビュスを刺したフロロを拒む。
フロロは彼女を衛兵に引き渡し、エスメラルダは兵士達に捕まり、処刑される。
大聖堂の塔の上からそれを見届けるフロロを、カジモドは塔から突き落として殺す。
数年後、処刑場を掘り起こすと、白い服装をしていた女性エスメラルダと思われる白骨に、
異様な骨格の男の白骨が寄り添っており、それらを引き離そうとすると、砕けて粉になってしまった。

…とこんなことを思い出しているとノートルダム大聖堂に行きたくなってきて、行ってきた。

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(左・おなじみ前景。 / 右・実は横側はこうなってます。以外に横長な建物)

ここの聖堂は、その建築やステンドグラスもさることながら、
異教徒というか無信教のわたしでも圧倒されるなにか妙なオーラを感じるくらい
独特の雰囲気があって、わたしは今回もつかまれてくらくらした。
パイプオルガンの音が、じわりと響いてくる。

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(左・イエスの十字架、聖堂の一番奥のスペース / 右・多種あるステンドグラス)

いつも行列なノートルダムだけど、どんどん列が短くなるから思ったほど待たない。
入場は無料なので、オトナなみなさんは寄付をしてかえりましょう。
そして今回は外へ出て大聖堂の塔の上までのぼってみることにした。
これが混むうえ回転が悪いので、1時間ほど並んだ(寒くて死にかけた)。
階段を200段ほどで中間階のお土産物屋、さらに100段で向かって左側のビューポイント。
さらに上がって右側の天井階。待っただけある景色。
エッフェル塔から小高いモンマルトルの丘のサクレ・クールまでよく見渡せる。
屋根のあちこちにいるのは、ギリシア神話に出てくるという怪獣でここの名物。

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(左・なんか食ってるし…… / 右・「ノートルダムの鐘」のまさに鐘!10トンです)

だんだんと晴れてきたので、そのままサン・ルイ島というセーヌ川の中州の島へわたる。
ここはパリのわたしのとってもお気に入り。
街中のお土産屋さんとはひとあじ違うかわいい雑貨屋さんに、名物アイスクリーム。
ショコラティエが食べ歩き用に店頭で売っているエクレアも絶品。
今回はアイスじゃなくて、フローズンヨーグルトのお店ができていたのでトライ。美味しかった♪

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(左・エッフェル塔おじさんがバゲット抱えてる / 右・フローズンにイチゴ足してもらった)

エッフェル塔の方角に夕立の雨雲がみえてきたので、一旦帰宅。

あしたへつづく。

2010/09/24

地球の舳先から vol.182
パリ(2010)編 vol.2

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ちゃりん。
キレイに磨き上げられた床に、コインが落ちる音が響く。
プランタンの食品売り場で、落とした老夫婦よりも目ざとく10セント玉を発見して、拾った。
「Merci」「Je vous en prie」このくらいの会話なら寝ててもできるのはミヒャエル先生のおかげか。
「どういたしまして」という日本語が非常に出没頻度が低いのは、日本人はなんでもかんでも
「ありがとう」のかわりに「すいません」と言うからだとおもう。
席を譲ってもらっても「すいません」、モノをもらっても「すいません」。
わたしは付き合った相手に口癖や言葉遣いが似てくる人間というのは好きじゃないのだが、
ウェイターにもコンビニの姉ちゃんにも「ありがとう」と言うのがうつったのだけは、
19歳の頃の恋人に感謝している。けして、手羽先の身をほぐしてくれたから惚れたのではない。

脱線。パリに来るとむかしの恋人の話が多くなる。だってそういう国なんだもの。

ラ・ファイエットというでかいデパートへ行って、クツを2足買った。
今日はフランスのストライキ日。そして、アパルトマンへの移動日。
メトロが止まるといわれていたのを思い出したのは、両手に紙袋を抱えて店を出たその瞬間。
スーツケースにこの紙袋たちを提げて、ここから3キロは確実にあるそこへ歩くことを想像して
日本にいたら考えられない自分の無計画さと頭の弱さにむしろうっとりする。
「まじかよ~ あ~ お~」とつぶやきながら、信号待ちで足の裏が振動をとらえる。
すぐ下はメトロ。「お?」どうやら動いているっぽい。間引き運転かもしれないが。

メトロが動いているのに気を良くしたわたしは、なぜかロダン美術館へ向かった。
スーツケースを引き、デパートの紙袋を提げて、小雨降る中。
わたしは、美術館をはじめ、寺とか城とかいわゆるそういうものに興味がない。
のだが、ロダン美術館は庭園がキレイでお茶でもするとよい、という触れ込みにつられた。
たしかに、バラが咲き乱れちいさな池のある庭には地獄門や考える人の像が無防備に展示してあり、エッフェル塔やナポレオンの墓と軍事博物館のあるアンヴァリッドという建物も見える。
美術館とセットだと6ユーロだが、庭園だけなら1ユーロで著名な作品が楽しめ、
カフェではランチくらいにはなる軽食とケーキもあるので結構おすすめである。
で、わたしはといえばスーツケースをガラガラして数時間で手にマメができたことを言い訳に
6ユーロのチケットを買ったのに庭でぼーーーーーっとして出てきた。もったいない。

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(エッフェル塔を背負う、考える人。)

午後3時、ようやくアパルトマンへ到着。
パッシーという16区にある高級住宅街…とは聞いていたが、想像を超えていた。
メトロを降りるとそこは、別の国に来たよう。
お金持ちのオーラを全身から発するお洒落マダムに、全身シャネルの働きウーマン。
わたしがパリに来る前のイメージまんま。一般的なイメージが、これかもしれない。
ジャンクフードの店もなく、観光客もいない。
アパルトマンはとっても素敵。見た人にしかわからず恐縮だが、映画のだめカンタービレで
のだめがコンヴァト留学時代にみんなと暮らしていたアパルトマン、といったところ。
中庭を挟んでロの字型に部屋がならび、中庭は大きくないのと窓が縦長に大きいので住民のようすが見える。
窓があいていればテレビではないゆるやかな音楽がかすかに聞こえてくる。
夜が来る頃にはクルマの音も人の足音もしないのだが、漏れてくる光が人の気を醸し出す。

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(天井と窓の2面採光。張り出しているので、2階にして最上階。)

本当に静かに使ってくれる方にしか貸せないとエージェントの方が言っていたわけがわかった。
かたいヒールで廊下を歩かない/夜は洗濯をしない、などの注意事項はわかるのだが、
きわめつけは「夜のあいだはトイレの水も流さないほうが無難」とのこと。
わたしはもともと家にいてもテレビもつけなければ(というかない)音楽もかけないタチなので
それが苦になることもなく、ひとの気のある静寂さに浸かる。

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(はしごをのぼって、屋根裏のベッドルーム。この奥にまた天窓が)

5分も歩けば、エッフェル塔の最高のビュースポット、シャイヨー宮。
小高いその場所からは、パリ中心部の見慣れた光景も、パッシーも、
デザインが個性的すぎて無秩序状態のタワーマンション群地域も見渡せる。
うつくしく区切られたその場所は、パリのほんの一区画。
パリっ子はきっと、「こんなボロっちぃ家じゃなくて、タワマンに住みたいの!!!!」とか思うんだろう。
まあそりゃそうだわな、と思う一方、あきらかに異質な現代高層ビル「モンパルナスタワー」は不人気だというのだから、そのあたりの感度はやはり独特のものがあるのだろう。

日本は、六本木ヒルズができたとき、どういう反応してたっけ。
今じゃ東京タワーと六本木ヒルズはセットで東京の夜景の代名詞だが、
エッフェル塔とモンパルナスタワーはどうにも相容れる気がしない。

寄り道をしながらそんなことを思っていたのは、
せっかく意気込んでバレエスタジオへ行ったのにシューズを忘れてくるという
いまどき小学生でもしない凡ミスのせいでとぼとぼ歩いて帰ってきたからである。

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(アパルトマンの外観。これまたきれい。)

あしたへつづく。 

2010/09/23

地球の舳先から vol.181
パリ(2010)編 vol.1

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なにかあるたびごとや、転機のたびごとにここに来たくなるのは、
かわらないものを見て、むかしの自分とかわらない部分を確かめたくなるからなのかもしれない。

2年ぶりにパリへ戻ってきた。
つまりは私の場合、それは「転職をした」と同義なのだけれど。

初の直行便にして、初の西側欧州系航空会社。
シルバーウィークを外した成田空港の南ウィングは、静寂そのもの。
いつかエールフランスでパリへ行きたい、と願ったわたしの思いは4年越しで叶えられたわけだが、座席がエアチャイナより狭いのには衝撃を受けた。
しかし機内食が異常に美味しい。
アペリティフには陽気なCAがシャンパンをすすめてまわり、テリーヌと魚介のマリネの前菜に
メインは舌平目のグリル、食後にはこれまたコニャックをすすめてくる。
フライトの半ばにはセルフサービスコーナーがOPENし、カップ麺やサンドイッチ、アイスクリーム。

ただ、12時間の長旅はこたえた。(ほら、いつも、乗り継ぎ便だから途中休憩があるわけで)
ここのところの不摂生と睡眠不足に見事にたたられる。
睡眠に関してだけはドのつく神経質なわたしは、飛行機のなかでなど寝られない。
しかし本を読んだりテレビモニターを見つめれば意識は朦朧とし、「落ち」かかっているのに
眠りには至れないというあの辛さ…
パリへ向かって高度を落とし始めた頃には目はまぶたが腫れて開かないし、
足はむくんでかかとを踏まないと靴が入らないという酷い状態。
大好きな地が見えてきたというのにわたしの頭の中にあったのはただ
「横になって今すぐ眠りたい」である。

それも滑走路が近付くと、とあることが気になるせいで弱まっていく。
パリの国際空港、シャルル・ド・ゴールには野ウサギがいっぱい住んでいる。
あんな轟音のなかで住みづらかろうと思うのだが、草を食み、駆ける。
そんなわけで、飛行機が嫌い(というよりは、正直申し上げてコワい)なわたしでも、
ドゴール空港でだけは窓に貼りついて外を眺めている。
しかし滑走路にはウサギが見当たらない。移住か、まさか駆除…?などとはらはらしていると、1匹、ぴょんこと跳ねる物体をわたしの起動ぎりぎりの動体視力が捕えた。
いた!と目をこらすと、やっぱり、いるわいるわ。
裏側だけが白くなっている平べったいしっぽをひょこひょこさせて、駆けるわ駆けるわ。
わたしはなぜだか、心底安堵した。

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空港へ着くと黒塗りのタクシーに心を奪われながらも、RERという列車の乗り場へ急ぐ。
最初に来た時はタクシー(約50ユーロ)、次は空港バス(約30ユーロ)、今回は列車(8.7ユーロ)。
ちょっとずつ旅慣れているのだろうか。
と思いつつ、パリへ着くとまるで旅の実感がなくなってしまう。
2年前に歩きまくったおかげで土地勘はあるし(もともと簡単なつくりの町である)、
メトロの乗り継ぎもアタマというよりは足が覚えている。
ぼーっと歩いていてもデパートの惣菜コーナーに着くし。
それよりも意外だったのは、他愛もないことばかり思い出すことだった。

そういえばこのへんを歩いていたら雨が降ってきてあのカフェに入った、とか、
このあたりで信号待ちをしているときに当時の恋人からの電話を取った、とか。

ルーブル美術館のことは土偶コーナーくらいしか覚えていなくても、そんなことは覚えていて、
いや、覚えているというよりは思い出すのだと思った。
とりあえず、観光にあくせくするのは今回もやめて、毎日散歩でもしていよう、と思う。
そしたらきっと、なにかあとあともう一度思い出すような、小さいことが起きるかもしれない。
喜怒哀楽の外側にある、ほんとうに他愛もないこと。

あしたへつづく

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#明日からはアパルトマンを押さえてますが、今日だけ仮宿。
 サンラザール駅、オペラガルニエやプランタンに近いホテル。
 見事になにもない(コップも)ので、風邪薬かっくらってこれから寝ます。
 明日は世界最大のシューズ売り場(150ブランド格納)というデパート
 ラファイエイットへ行ってクツ買います。
 時差マイナス7時間のパリより、おやすみなさい。