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2013/02/26

地球の舳先から vol.265
パリ編 vol.4(最終回)

フランスを毛嫌いしていたわたしにこのホテルを教えてくれた人がいた。
もう何年前かもわからないくらい昔、たぶんまだ大学生の頃。
5つ星だからと油断していたら地元の人に聞いても全然知らず、
239 Rue Saint-Honore というだけの頼りないくらい短い住所だけを手に
初めてのパリの道をさまよい歩いていた。

あれから何度パリに行ったかもよく覚えていないけれど、
いつも必ずこのホテルへ行ってはラウンジでお茶をし、いつか泊まりたいと夢見ていた。
Hotel Costes(ホテル・コスト)。
ルームチャージは1泊600ユーロ…

1泊ならよかろう、と大盤振る舞いをして予約をした当時、1ユーロは100円だったのだ。
そしてわたしは、この大晦日のカウントダウンを、夢のコストで迎えた。
エールフランスの深夜便がCDG空港に着いたのは早朝の3時過ぎ。
「危ないよ」と空港係官に何度も言われながら始発のRERを待ってレ・アール駅まで出て
久しぶりの、朝っぱらすぎて誰も歩いていないRivoli通りをゆく。

通い詰めたダンススタジオに曲がる大きな通り、ポンピドゥーセンターへ曲がる道、
朝ご飯を調達した街角のパン屋、3週間暮らしたルーブル美術館の向かいのアパルトマン。
傘をさすほどでもない少しの雨が降るパリは、変わらないものが多すぎる。
ガラガラを押してこんな時間に歩くわたしに、無駄に4人もいるドアマンがドアを引いてくれ、
独特の香り(香水メーカーもやっているのである)と赤い照明の中にすとんと転がり込む。

 

アーリーチェックインは諦めていたのだがすぐに部屋を用意してくれた。
噂と違わない、仕事も読書も一切できそうにない、薄い赤い灯りだけの部屋。
バスルームのオイルヒーターで濡れた手袋をあたため、プールサイドへ向かった。
ウェットサウナでひととおり体を温めると、翌日からイスラエルへ飛ぶため
死海で泳ぐ用に持ってきていた水着でしばし泳ぎ、紅茶で喉を潤す。
プールサイドには天蓋付きのソファベッドもあるので、早朝到着便でもここで休める。

 

パリへ来たらあれをしたいこれをしたいと色々計画を練っていたにも関わらず
バレエスタジオへ踊りに行ったのと、オペラ座のバレエを観に行った以外はホテルで過ごした。
大晦日のカウントダウンもホテルの中から聞いた。
ラウンジには、芸能界に疎いわたしでも顔と名前の一致する女優や映画監督やらが沢山。
それでも無粋に声をかけたりする人がいないのが、ここのいいところなんだろうと思う。

ふかふかのベッドで眠りにつき、そして翌日…
イスラエルに行きたくなくなったのは、言うまでも無い…。
涙目になりながら「2泊以上できるお金なんてないでしょ」と自分に言い聞かせて
コストに別れを告げ、ホテルが用意してくれたタクシーで、元旦の静まり返った
パリの街をあとにする。

さて、これから、イスラエルの旅が始まる。全然気乗りがしない自分に焦る。
すっかり夢の中状態で、パリでトランジット泊をするなら
絶対にもう前泊はやめておこう、とぼんやりと思った。

旅というのはいつだって一期一会のようだけれども、
わたしは確かに昨日とは違う今日を生きていて、日々は蓄積されているのだ。

さて、気を取り直して、次回からイスラエル編をお届けします。

2013/02/21

地球の舳先から vol.264
パリ編 vol.3(全4回)

パリへ行くたびに、パトロールのように必ず行く劇場がある。
Théâtre Mogador。
主としてブロードウェイミュージカルのフランス版をやっている。

ちなみに、わたしのフランス語は
「おはようありがとうパン下さい」レベルである。
が、ミュージカルだと大抵ストーリーは同じだし、名場面などは
台詞などもおぼろげながらだいたい記憶していたりするので
言葉がわからなくても大丈夫だったりする
(ただし何度か見たことのある名作に限る)。

前回見たのは「ライオンキング」。
日本語でも何度も見ているお馴染のストーリーのはずなのに
なぜか死ぬほど笑った覚えがある。

このときは、どこかで流れていたライオンキングのテーマソングが
ノイローゼのごとく頭からまったく離れなくなり、劇場へ行った。
あとあと聞いたところによると、これはフランスの一般的な宣伝戦略で
ある1つの曲をしつこいくらい流し続けて洗脳するのだそうだ。
わたしは見事にそのワナに嵌ったというわけである。

今回行った時期やっていたのは「シスターアクト」。
英題に覚えはなかったけれど、「天使にラブソングを」のミュージカル版とのこと。
下から2番目の値段の席を押さえたら、最前列の一番端っこだった。
オーケストラピットの中の、指揮者もシンセサイザーもサキソフォンも見える!

そしてMOGADOR節が大炸裂。
なんというか、完全にコメディなのである。それも、涙流して笑うレベルの。
会話だけでなく、演出使って舞台全体でそれをやってくるから、圧巻。
指揮者が瞬間早着替えで(指揮したまま)舞台の一部となってしまったり。
どこからも目が離せないし、次は何をやってくるかとワクワクしてしまう。
みんな本当にリラックスして、大はしゃぎで楽しんでしまうこの感じを見ると
わたしはフレンチ・コメディの偉大さを実感する。
あの劇場に行くと、「フランス人って気難しい」は120%誤解だと思う。

一方で、「ブロードウェイの完全コピーなんてしてたまるか」という
フランスの矜持のようなものもまた、感じるのだった。
日本人のわたしなんかは、「ブロードウェイミュージカルをここまでぶっ壊して
ブロードウェイは怒らないのだろうか…」などと要らぬ心配をしたくなるほど。

休憩時間には、ローランペリエ(パリではこれが多い)のシャンパンを。
オペラ座と違ってみんな普段着だし、笑いすぎてなんか良くないものデトックスして
おなかいっぱいで劇場を出るのがいつものパターン。
ごちそう様でした。

(帰りは界隈をお散歩。)

Théâtre Mogador
http://www.stage-entertainment.fr/theatre-mogador

2013/02/12

地球の舳先から vol.263
パリ編 vol.2(全4回)

さて、パリのエンタメ紹介第2弾は「クレイジーホース」。
昨年、日本でもドキュメンタリー映画が公開されたので
ご存知の方も多いはずのヌード有りのキャバレー。

キャバレーといえば言わずと知れた「ムーランルージュ」と、
多少モダンでスケートまで見られる豪華絢爛な「リド」が
パリの2大キャバレーということになっておりますが。
クレイジーホースについては、ヌード要素がキモになっていて、
それゆえ、フランス的とは思えないくらいダンサーのプロポーションもバッチリ揃っていて、
とにかく美しく、女性にも支持が非常に高いのが特徴だとか。

映画「クレイジーホース」を見逃し、追加上映も見逃したワタシとしては
ええい、これはもうホンマモンを見るしかなかろう、ということで
マイナス10度超のパリの街を歩いて、シャンゼリゼ通りからほど近いその場所へ。
ちなみに今回の旅は、テロが不安でメトロに乗らない旅だったので
歩きまくるのは本当に寒かった。あまりに寒くて途中で猛ダッシュなどを
して体を温めることを試みたが、疲れただけで無駄な努力であった…
(ちなみに、そこまで寒かったのは初日だけ)

こちらがクレイジーホースの外観。
赤いマントを羽織ったおじさんが、「ようこそ!」といってドアを開けてくれる。
えっ…もうちょっとオトナ風味の場所だと思ってたんだけど…とびっくりしたのだが、
彼は「お客」で日々ここへ通っている名物ファンであることをあとから知ることになる。

中は、照明も床も真っ赤。始まるまでに投影される映像も
洒落がきいていて、演出が大変に洒脱。
内容は、だいたい数分~5、6分程度の小作品が続く。
トゥシューズで踊るものあり、演劇風味のものあり、
ひとつひとつにコンセプトとストーリーがきちんとあって、また照明の技術が半端ない。
そこに美しいダンサーの体が、時に「踊り手」として、
時に舞台上の「装置」や「キャンバス」として作用し、まさに「作品」。

日本人はどうも「キャバレー」というと、「ストリップ」的な何かを
想像してしまうものだけれども、コンテンポラリーダンスに近い印象。
コンテンポラリーも、自らの(時にほとんど何も身につけない)肉体ひとつで
表現を作っていくわけで、たまに難解すぎるその世界観も
このクレイジーホースに通ずるものがあった。

ダンサーの踊り・動きを見ていても、彼女たちは全員オペラ座バレエ学校の
出身なのではなかろうか、というクラシックバレエベースが窺えた。

結果、「やはりあの映画をきちんと見ないと…」と思うという結論に立ち返った…。

何度か休憩時間もあったのに、お酒を飲んでるヒマもなかった。
ちなみにパリのエンターテイメントではよくあることなのかもしれないが
(次回にご紹介するミュージカル劇場もしかり)、
安い席を取るとはからずも最前列の席などをあてがわれることが多く
首は疲れたがやたらとド迫力でもあったが、ある意味で機械のように完璧な
ダンサーたちは表情ひとつ変えず、呼吸さえ見えないくらいであった。

一度行くと、びっくりするかもしれない、やっぱり。
なんというか、孤高の芸術。という感じでした。

2013/01/31

地球の舳先から vol.262
パリ編 vol.1(全4回)

久々のパリで、随分遊んだ。
いつも、割と長い日数で行く唯一の国なので、
静かなアパルトマンを借りて、朝はスタジオへ踊りに行き
自炊をして街並みを眺めて過ごすのだが、
やれ「数日しかない」ということになると急にバタバタと
観光をし始めるから不思議なもの。

今回は、バスティーユ劇場でのパリ・オペラ座バレエ団の公演、
去年映画でも話題になったキャバレーのクレイジーホース、
そしてMOGADOR劇場で観たミュージカル公演について簡単にご紹介しようと思う。

以前オペラ座へ行った時は、メールで問い合わせをし、
なにかあやしげな書類に心配になりながらクレジットカードの番号を
書いて添付ファイルで送り(セキュリティも何もない)、
冷や冷やしながら滞在したホテルにチケットが届いていて安心したものだが
世の中はもはや当然のようにeチケット。
家庭のプリンターで印刷までして、バーコード付きのチケットを持って行けばよい。
予約が解禁になる日には、専用ページでカウントダウンまで行われ、
当然安い席から真っ先になくなった。

演目は、大晦日の「ドン・キホーテ」。
やたら明るいスペインバレエで、ここのところ難解なコンテンポラリーを
お家芸にしつつあるパリオペでは珍しい。
逆に古典作品が好きなわたしは当然飛びついたのだが
この日のパリオペの本命はギラギラのホームグラウンド、オペラ・ガルニエで行われていた
「フォーサイス/ブラウン」とかいう作品のほうで、ダンサーも多くがそちらに流れたそう。

ギラギラの宮殿シャンデリアや天井画が拝めないのは残念だが、
モダンなデザインのバスティーユの方が、すべての席から舞台の視認性を確保している印象がある。
なんてったって、ガルニエ宮の最底辺の席といえば可動式の丸椅子なのだから…。

ロングブーツを、このためだけに持参したヒールのパンプスに履き替え、
ワンピースに着替える。それでも観客の中ではカジュアルな方だった。
入場を断られたりはしないが、それなり以上のTPOで向かいたいもの。
日本だと、セレブなおばちゃんがコアターゲットだが、夫婦で来ている人が多く
大晦日に夫婦でバレエを鑑賞に来るなんて、なんて優雅なのだと溜息。

バーカウンターでシャンパンを頼むと、「お金はいらないよ」と言われた。
大晦日のガラコンサートということで、フリードリンク・フリーフードだったのである。
値段が通常よりも高い設定になっているのは、この理由もあったのだろう。
全3幕の公演には、ダンサーの体を休める目的もあり長めの休憩が2回。
1回目の休憩ではおかず系のフィンガーフード、2回目の休憩ではデザートが
次から次へと気前よく大皿で何種類もサーブされてくる。

終演後に立ち寄るブラッスリーまで調べておいたのだが行く事も無く
すっかり満腹状態。
大晦日のレストランは、特別メニューで価格も非常に高いことも多いので
こうして過ごすのはひとつ手かもしれない、と思った。

公演の内容については、音楽も踊りももちろん文句なし。
ヌレエフ版の振付はオリジナルよりド派手で、衣装も舞台セットも豪華絢爛。
あとで聞いたところによれば怪我人が続出で大問題になっていたらしいが
(王子マチュー・ガニオ(様)も怪我を押して出ていて痛々しかったらしい。
 わたしが見た日のカール・パケットはぴょんぴょんと元気でしたよ。
 ヌレエフ版は飛びまくるから、怪我人にはきつかったろう…)。

夜は更け、カウントダウンの喧騒をホテルの中から聞いた。