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2013/07/15

地球の舳先から vol.283
タイ編 vol.4(最終回)

たった2泊のバンコク旅。
最終日、炎天下に疲れきってパタヤ行きをキャンセルし
まだ猛暑になる前に、と早朝の散歩へ出かけた。

写真を撮るためだけの、散歩。
旅に出ると、ついカメラを構えつづけ、自分の目よりも
ファインダーを通してばかり景色を見てしまいがちで勿体無いので
わたしは、観光をする時間と、写真を撮るために歩く時間、というのを
あえて分けることにしている。

まずはホテルから出て、とりあえず賑わっていそうな方向へ。
お祈りの国であるので、道端にはこういうものがたくさんある。

車道が急に坂になったので、のぼることにした。これは下に何かある。
見れた!電車!!

そのまま近づいて、駅へ。モダン。
なんとなく、電車なイメージのないタイだけど、地元の人がたくさん電車待ちしていた。
地図を持っていると、案内してやるという人が寄ってくる。ヤダ。

道路沿いを歩き、川の方向へ向かうことにした。
「行き止まりだ、車に乗せてやる」という人を無視する。ヤダヤダ。

バナナの木!これぞ南国。
季節柄なのか、国柄なのか、緑が多い。

川沿いには、外資の高級ホテルがガンガン立ち並んでるんだけど、
わき道を一歩入るとだいたいこんな光景。

そのままホテルで休憩。川沿いのテラス席、シャンパンはすぐに汗をかく。
こんな南国なのに、ホテルはチョコレートバーがありお土産が有名。

チョコレートを買ってしまったので、駅直結の電車で移動することに。
大型ショッピングセンターで買い物。狙いは、バス&アロマのTHANN。
あと、スーパーでお菓子とかラーメンとか、ばらまき系のお土産を確保。

徒歩とモノレールで、ぐるっとだいたい一周した。
ホテルへ帰って、プールサイドで昼寝する。
おおむね、のどかで良かった。わたしのバンコクのイメージは回復し、
これからもお世話になるであろう巨大ハブ空港スワンナプームに立ち寄った際は
こんどは少し街に出てみよう、と思ったのだった。

おしまい。

2013/07/02

地球の舳先から vol.282
タイ編 vol.3(全4回)

なにはともあれ折角町に降りたのだから、観光である。
朝7時に今回はぴったりホテルへ来た迎えの車に乗り、
メークロン市場、別名「線路市場」へ向かう。
なんでも、電車の線路の上に人々が市場を広げ、
列車が近づいてくると超特急で店をしまうのが名物になっているという。

わたしのイメージした「バンコクの市場」の印象とはほど遠く
地元の人が集うのどかで田舎で素朴なその光景に心を癒され、
マンゴーなどを買い出して列車の到着を待つ。

どこからか警官が数名出てくるもののいつもの行事なので物々しくもなく
低速に速度を落として徐行する列車が近づくと人々は市場のひさしを仕舞い
ものをどける、の、だが…ギリギリすぎて、結構モノが轢かれている…。
これでいいのか。いや、いいのだろうな。
列車が通り過ぎるとまたばさばさと店の面積を拡大して営業再開。

次にもうひとつの市場、水上マーケットに向かう。
もう、いろいろな国で水上マーケットに行ったし何の期待もしていなかった。
のだが、…これが一番、わたしの中ではすばらしい体験だった。
水上マーケットへたどりつくまで、海抜(川なので水抜?)0メーターすれすれをゆく
小さなボートは、本当にここで生活している人々の行路のあいだをぬって行く。

倒れた木で作られたボートの停泊所。洗濯をする住人。門番の犬。
そしてまわりの色彩までをも変えるような、抜けるようなグリーンに生い茂った
草花に、炎天下が照り付ける。眩しい光に満ちた自然。

極度に人工的で対極のはずのディズニーランドの「It’s a small world」を、
なぜか思い出した。
ここもきっと、これでも手付かずの自然というわけではないのだろう。
しかし自然に左右されながら生きる、
たくましさよりも受容性を感じた。美しかった。

ふとゆく手が騒がしくなり、マーケットに着いた。
突如現れる、衣類や雑貨(?)の店。
一番奥には、川の上に建てるには大きすぎる土産物屋…

それでも商売っ気はほとんど感じられなかった。
押し売りというか、あまりしつこい民族でないのだろう。
京都の保津川で川くだりを終えた瞬間に小船で接近し
焼きイカなどを売りつけた人たちのほうがよほど「アジア的」だった。

ここでマンゴー、ライチなどのフルーツを買い、切ってもらってその場で食べる。
季節もいいし本当に美味しかった!
驚いたのはボートのおじさんが、きちんと手にビニール袋をかぶせて切ること、
そのビニール袋を毎回取り替えることだった。
衛生意識からそうしているのかどうかは、知らない。

こうして午前中のツアーを終え、軽食ということでラーメン屋に寄って
昼過ぎにはまたホテルへ帰ったのだった。
短期旅行者にとって、半日ツアーが充実しているのは結構嬉しい。

穏やかな光景に、わたしの「バンコクのトラウマ」も癒えつつあった。。

つづく

2013/06/24

地球の舳先から vol.281
タイ編 vol.2(全4回)

さて、わたしと母のバンコク旅の共通の目的
(というよりそのためだけに行ったに近い)
浦和レッズのアジアチャンピオンズリーグ。
かつて、韓国にもシドニーへも行った。
韓国と中国は常連なので、バンコクというのは新鮮。
(しかし決勝トーナメントに進めたらモロッコに行けた訳で非常に残念である)

お相手の、バンコク ムアントン・ユナイテッドも、
お世辞にも強豪とは言えなさそうである。
そんなわけで、大してサッカーの流行っていない国なんだろうとたかをくくっていた。

空港を出たバスから、高層ビルにドーーーーンと設置された
マンチェスター・ユナイテッドの壁面広告に圧倒される。
チェックインの後、コンビニでビールを買ったらこのとおり。
3種類買ったのだが、すべてがサッカーチーム(ないしリーグ)とタイアップしている。
そしてなんと、マンチェスターの選手写真には、日本人の香川選手が。

これは予想外のサッカー大好き国民である。(実は有名な話だったらしい)
で、あるということは、われわれはある種の危険と隣り合わせなのでは、
とも思ったのだが、ホテルに着いて2度びっくりした。
このような横断幕に出迎えられたのである。

よく、巨人軍の宮崎キャンプなどで「大歓迎」の様子を目にするのだが、
ここはあくまで、選手たちではなくわれわれサポーター(やファン)の泊まるホテル。
すごい。

なんというホスピタリティ、と感動したのもつかの間、
ムアントン・ユナイテッドが印刷した試合のチケットは
「URAWA RED DAIMONS」になっていた。。
「大門なのか、デーモンなのか、それが問題だ」とひとしきり議論になる。
浦和レッズは通称「赤い悪魔」なので、デーモンであれば許される・・・のか?

かくして日本から殺到(Jリーグチームのたかが1次リーグの海外遠征である事を考えれば、この表現は大げさすぎないと思う)したサポーターたちを乗せたバスはバンコクの鬼渋滞を加味して随分早く会場に到着し、
この集団をカモろうと、そのそばには出店が立ち並んだ。
この日はさぞや異例の売り上げだったに違いない。

わたしはひとしきり飲んだ後、スタジアムの中のフードコートで「ガッパオ」
を注文し、その激辛っぷりに試合前からノックアウトされる羽目になった。
そしてこの日は、特例としてアルコール類のスタンドへの持ち込みが
一切禁止されたのである!

もちろん良い事ばかりでもなかった。
負けなかったのに決勝トーナメント進出を逃したのはホームで韓国に勝てる
チームではなかったという現状の事実にすぎないので、それは仕方ないこと。
わたしがどうにも怒りがおさまらなかったのは、現地の子どもたちをこの試合に招待し
ユニフォームやグッズをプレゼント(貸し出し?)したのはいいが
その、型落ちユニフォームの胸に踊るのは「かつて」のスポンサーのロゴ。
そのロゴは、ラミネート加工された台紙で安全ピンでくっつけられ、見えないようにされていた。
そんなユニフォームを子どもたちに着せたのである。
大人の事情で。
なんて醜悪なのだろう、と心から思った。

スポーツは、純粋なキレイなものだけではなくて、
でも利権ビジネスがあるからこそ成立している面も勿論ある。
しかしやはり、許せない行為だと思った。
そんなことをするんなら、「好意ですよ」という顔なんかしなきゃいいのである。

1対0で破れたムアントンの選手たちは、試合後にアウェーのわたしたちのいる席に来て
タイ式の挨拶、両手を合わせて揃ってお辞儀をした。
仏教文化の日本人のわたしには、どうにも「拝まれた」気がして恐縮してしまう。

7000人が入ったサンダードームスタジアムには、ムアントンのサポーターからの
「浦和レッズ」コールが響いた。勝ったのに、決勝トーナメントに行けなくて申し訳ない・・・。

そんなこんなで、主目的を達成し、すっかり暑期直前のバンコクにバテて、
翌日のビーチ行きのツアーはキャンセルしたのだった。。。

つづく



 
 
 
 
 
 
2013/06/15

地球の舳先から vol.280
タイ編 vol.1(全4回)

わたしはバンコクが嫌いである。
というか、いわゆる、バックパッカーの多いところが嫌いである。
別に、彼らのたくましさを妬いているわけでもなければ、
「みんなが行くようなところには行かないわ」という選民思想でもない。

危ないから嫌なのである。
穏やかな後進国や、民度の高い孤国を訪れた身には、
バンコクや、デリー、ニューヨーク、フィレンツェなどは
犯罪のデパートすぎて、まったく旅を楽しむどころでない。

ぼったくり当たり前のタクシーと戦うのも疲れるし、
ホームレスの人にお金をせびられてあれこれ難しい問題を考えるのも疲れるし、
第一、気をつけていないとスリに遭うとか、いったいどうなってんだ。

わたしのことをよく「危ない国に行くのが好きだ」と称する人がいるが、
わたしに言わせれば北朝鮮よりバンコクの方がよほど危ない。
アメリカや六本木で道を歩いていて死ぬ確率を考えてみたらいいと思う。
まだそんなに回ってはいないが、地球上でスリに遭ったのはイタリアだけだ。

そんなわけでトランジットで降りても空港の外には一歩も出ないバンコクに
この春、行かなくてはならない事情ができた。
浦和レッズである。
わたしが昔割と真面目にサポーターをしていた話は何度か書いたが
それを卒業した今も、海外遠征は旅行がてらに行くと決めている。
たいした成績を収めていなかったはずの浦和レッズは、結果論的タナボタにより、ACLというアジアで一番のチーム(国ではなく、チーム)を決める大会に出場を果たしていた。
1次リーグの最終戦の相手が、タイの「ムアントン・ユナイテッド」だった。
こうしてバンコクへ行く事になったのである。
しかも、イタリアでスられた、母と一緒に。

わたしは盤石の体制を(主に金の力で)築こうと、
浦和レッズのオフィシャルツアーに申し込んで空港と市内の間の足を確保し、
外出はすべてオプショナルツアーのホテルまで送迎してくれるものを予約した。
ええい、あのふざけたチャリタクシーになんて、絶対に乗ってたまるか。

そして夕方に到着したその日、ディナークルーズに出かけた。
が、バンコクの道路はありえないくらい混雑している。
どのくらいかというと、市内の中心部から、そう何キロも離れていない
船着き場まで2時間半かかるレベル。
すこし市内のはずれにあったために、ピックアップの最後だった我々のホテルには
送迎のバスはついぞやって来ず、ガイドさんがタクシーで迎えに来た。

事なきを得た我々は、船が出るまでテラスでビールを飲んだり優雅に過ごしたが
バス組は、途中でバスを放棄し、爆速で車の間をぬって二輪車タクシーで来たらしい。
やっぱり危なすぎる国タイ。

そうこうするうちにグランドパール号というクルーズ船がやってくる。
水兵さんの制服のみなさんが敬礼で出迎える。さすが軍隊の国タイ。
クルーズは、暑かったがぎりぎり外で食事をできる気候だったのでそうした。
ライトアップされた寺院が次々と現れ、入場するまででもなくちょっと見られれば
寺院はいいや、という身にはちょうどいいくらい。
タイ料理は種類も多く、野菜もあっておいしい。無色なのに激辛のイカがあった。
ただし、日本人向けに用意されたらしい寿司は不評。

帰りは渋滞も落ち着いていたので、用意されたシャトルバスで帰る。
この国で観光業をやることの難しさをいきなり垣間見たのだった。。

つづく